吉田秀和 対談集2021年07月16日 08:18



書 名:『音楽のよろこび』
著 者:吉田 秀和
刊行年:2020年
出版社:河出書房新社

 まだ大気の状態は不安定で、天気の急変に気を付けなければならないが、そろそろ梅雨明けのようだ。
 一週間後にはオリンピックが開催される。変則的な五輪とはいえ、良い方にこじつけて考えれば、無観客ということはテロのリスクが少なくなった。困難な中にあってもやり遂げることが大事、とにかくつつがなく終わってほしい。
 いよいよ夏本番である。この時節、蒸し暑くて本を読むには不適当ながら、軽い対談物を見つけた。

 吉田秀和の初めての対談集らしい。
 古くは戦後がまだ終わっていない1953年、新しいのは亡くなる前年の2011年、半世紀にわたる対談が編年順にまとめてある。
 相手は以下の11人12本である。
 
中島健蔵(フランス文学者・文芸評論家)
  来日演奏家から学んだものと学ぶもの 1953年
平島正郎(音楽学者)
  欧米のオーケストラと音楽生活 1955年
遠山一行(音楽評論家)
  最高の演奏家 1958年
園田高広(ピアニスト)
  ヨーロッパでピアノを弾くということ 1966年
高城重躬(オーディオ評論家・音楽評論家)
  録音と再生で広がる音楽の世界 1966年
斎藤義孝(ピアノ調律師)
  調律とピアノとピアニスト 1966年
藤原義江(オペラ歌手・声楽家)
  われらのテナー、歌とオペラ 1967年
若杉 弘(指揮者)
  日本のオーケストラの可能性 1967年
柴田南雄(作曲家・音楽評論家)
  演奏と作曲と教育の場をめぐって 1967年
武満 徹(作曲家)
  ベートーヴェンそして現在 1974年
堀江敏幸(作家・フランス文学者)
  音楽の恵みと宿命 2008年
  生と死が一つになる芸術の根源 2011年

 ほとんどが昭和30~40年代の時代もの。平成時代に相手をつとめた堀江敏幸だけが存命で、あとは全員鬼籍に入った。
 出版の経緯は不明だが、発刊されたのは昨年、比較的新しい。

 対談のテーマは様々。対談の形式を便宜的に、
 ①通常の対話(中島、遠山、柴田、武満)
 ②吉田が主に応答するもの(平島、堀江)
 ③吉田が主に質問するもの(園田、高城、斎藤、藤原、若杉)
に区分けすると、意外なことに吉田秀和が質問者となった対談が面白い。

 特に演奏者である園田、藤原との話。二人とも破天荒、体験談を聞かされるだけでも大笑い。一方、若杉はこの時30歳そこそこ。会話が進むにつれ、吉田にだんだん押し込まれていくのが微笑ましい。高城、斎藤とは音楽の周辺話といっていいが、オーディオを介した音楽のことや、調律師からみたピアニストの生態などはなかなか興味をそそる。
 通常の対話形式では、作曲家である柴田、武満との中身が濃くて話題の範囲も広い。作曲家は創作するだけでなく、文明批評でもやっていけるのではないか。中島や遠山との話は、登場人物がさすが古すぎる。
 半世紀に及ぶ時代の雰囲気を味わうような、時代を検証するための参考にもなりうるような、そんな本である。