2026/1/12 下野竜也×東フィル 東京音コン優勝者コンサート ― 2026年01月12日 22:11
第23回東京音楽コンクール 優勝者コンサート
日時:2026年1月12日(月) 15:00 開演
会場:上野文化会館 大ホール
指揮:下野 竜也
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
司会:朝岡 聡
出演:クラリネット/三界 達義
テノール/チョン・ガンハン
ピアノ/本堂 竣哉
演目:ニールセン/クラリネット協奏曲 Op.57
ヴェルディ/「椿姫」より
「燃える心を」
ビゼー/「カルメン」より
「おまえが投げたこの花は」
レハール/「微笑みの国」より
「君こそ我が心のすべて」
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調
Op.73 「皇帝」
新年、初っ端は東京音楽コンクール優勝者のお披露目コンサート。伴奏は下野竜也が指揮する東フィルで、司会進行は朝岡聡が務めた。
最初はクラリネットの三界達義。三界さんはすでに広響の首席奏者。曲はニールセンの「クラリネット協奏曲」。編成が変わっていて、弦5部にホルンとファゴットが2本、打楽器は小太鼓のみ。曲自体はまさに20世紀音楽そのもので調性もリズムも不安定で辛辣、歪んだり軋んだりしながら進行し、すんなりとは耳に入ってこない。クラリネットにとっては難物だということが知れるばかり。三界さんはこの低音域から高音域までの大変な曲を巧みに吹きこなす。その技に感心しているうちに、単一楽章25分の楽曲が終わった。
次のチョン・ガンハンは21歳、ソウル大学に在学中。声楽を志したのは16歳のときというから、まだ5,6年しか学んでいない。なのに質感のある密度の高い声、伸びのある超高音に聴き惚れる。3曲とも愛の歌、相手の女性のタイプは異なるものの、それぞれへの愛を歌いあげた。チョン・ガンハンは体格からして立派で音量豊富。歌の表情はまだまだこれからだとしても大成すること間違いない。今日、ワーグナーはなかったけどヘルデンテノールとしても有望ではないか。将来が非常に楽しみだ。韓国は近年声楽のみならず器楽においてもコンクールの優勝者を輩出している。往年の日本のようになってきた。
最後はピアノの本堂竣哉。藝大の4年生だからチョン・ガンハンとほぼ同世代。だけど体型は大人と子供、華奢で小柄。ところが演奏となればベートーヴェンとがっぷり四つに組んで、それはそれは見事な「皇帝」を披露してくれた。音は煌めくように輝きに満ち、曖昧なところが一切なく美しく綺麗。その音でもって繊細な弱音から豪胆な強音まで滑らかに弾き分ける。下野×東フィルも勇壮なだけに終わらず切れ味のあるあたたかな伴奏で盛り上げる。下野は先だっての「幻想交響曲」でも感心したけど音楽の組み立てが堅牢で、構えも一回り大きくなっている。第1楽章の直後、会場からかなりの拍手が起こったのも無理はない。第2楽章の静謐な夢見るような情感、第3楽章の躍動感あふれるピアノさばきなど、どんどんその演奏に引き込まれてしまった。コンクールにおいて聴衆賞を獲得したというのも納得である。終演後のインタビューでは天真爛漫というか天衣無縫、グレン・グールドが好きで5歳で「ゴルトベルク」を弾いたと笑って言う。天才肌というべき逸材の誕生である、新年早々大いに悦びたい。
2025/12/28 ノット×東響 ベートーヴェン「第九」 ― 2025年12月28日 21:43
東京交響楽団 ベートーヴェン「第九」2025
日時:2025年12月28日(日) 14:00開演
会場:サントリーホール
指揮:ジョナサン・ノット
共演:ソプラノ/盛田 麻央
メゾソプラノ/杉山 由紀
テノール/村上 公太
バスバリトン/河野 鉄平
合唱/東響コーラス
合唱指揮/三澤 洋史
演目:ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調Op.125
「合唱付き」
ノットのベートーヴェンにはあまり関心がない。じっさいこの10数年の間、交響曲では「2番」「5番」「8番」くらいしか聴いていない。ノットは現代音楽を除けばブルックナーとR.シュトラウスが一番よくて、あとはモーツァルトとかシューベルトとかがいいと思う。
しかし、いよいよ大詰め、評判の高い「第九」は経験しておきたい、ということでサントリーホールへ出向いた。監督ノット×東響を聴くのはこれが最後となる。相思相愛の両者による「第九」である。
やはり、陳腐なところが全くない新鮮かつ斬新な演奏だった。オケの編成はなんと第1ヴァイオリンがわずか8人、弦の総数は8-8-6-5-4の31、よくある14型に比べれば6割程度の小世帯、過去最少である。ところが演奏がはじまってみるとその編成を意識させない。陰影は鮮明で濃淡は深い。コンマスは景山昌太郎、隣に小林壱成のダブルトップ。プロの弦楽奏者の全員が本気を出すとこういう音がする、という見本みたいなものである。指揮者の役割のひとつは如何に奏者のやる気を引き出すか、ということだと思うが、ノットと東響とは良き相互関係が築かれている。
第1楽章の原始霧からの爆発は尋常ならざる迫力。ティンパニの打ち込み、金管の力強さ、木管のバランスなどに驚かされる。第2楽章の極端なダイナミクスや思いがけない緩急は独特の味わい。安らぎに満ちた第3楽章、ここでの弦の美しさは極上。くだんのホルン聴かせどころは4番奏者、普段は2番に座る藤田麻理絵が吹いた。ノットはここの背景でチェロとヴァイオリンのピチカートを強めに弾かせた。恥ずかしながら、こんなホルンの引き立て方があるのだ、と初めて気付いた。第4楽章の混声合唱は80人ほどが曲の最初から待機していた。ソリストは第2楽章のあと入場し指揮者の左右に位置した。舞台に向かい左手にソプラノ、バス、右手にテノール、メゾという珍しい並びだった。ノットのアゴーギクやデュナーミクはますます激しく、アクセントも強く、「第九」の物語性を表情豊かに彩るようだった。
ノットの手にかかるとあらゆる作品が新たな相貌をみせる。といって、それがちっとも不自然ではなく、何よりも生まれたての音楽に出会えた、という悦びを与えてくれる。マーラーの「第9番」が希望に満ちた音楽だとは気付かなかったし、ブラームスの「第4番」だって、しかめっ面で窮屈なブラームスではなく開放的で広々とした将来を展望するような音楽だった。これまでネガで見ていたフィルムをポジで見直したようなものだ。もっともネガ・ポジと言っても同じものの裏表ではあるから、いい演奏でさえあれば反対側の隠された面が透けて見えるのだけど。
ノットは事前にオケに対し厳しい設計要件を突きつけていると思うが、本番では東響の反応力と融通性信じ、その場の勢いと熱気のまま即興的に動く。その音楽は精緻だけれど厳格さよりは柔軟さが印象的で、熱量は高く響きは立体的だ。弾き方や吹き方に注文をつけているのか、内声部や管弦の按配か、音が薄く平板になるという不満もない。このベートーヴェンの「第九」も細かくいろいろな工夫が為されているものの演奏全体は揺るぎなく起伏に富み、ベートーヴェンの思いや作品の懐の深さが表現されていた。ノットのベートヴェンとしては後々まで忘れられない演奏になりそうである。
アンコールは東響恒例の「蛍の光」。ソリストと合唱はペンライトを持ち、合唱団の一部は客席の通路に並んだ。最後は照明が落とされ終演となった。ノット×東響は晦日の「MUZAジルベスターコンサート2025」が最後となるが、今日でお別れというお客も多かったのだろう。8割くらいの聴衆が残ってノットの一般参賀となった。
この10数年、体調不良で1年半ほど演奏会から離れた時期や、コロナ禍の中止などもあったけど、ノット×東響はいつも充実した演奏を聴かせてくれた、心から感謝をしたい。
2025/12/20 沼尻竜典×神奈川フィル ベートーヴェン「第九」 ― 2025年12月20日 20:20
For Future 巡回公演シリーズ横浜公演
ベートーヴェン「第九」
日時:2025年12月20日(土) 14:00開演
会場:みなとみらいホール
指揮:沼尻 竜典
共演:トランペット/林 辰則
オルガン/小島 弥寧子
ソプラノ/伊藤 晴
メゾソプラノ/山際 きみ佳
テノール/チャールズ・キム
バリトン/青山 貴
合唱/神奈川ハーモニック・クワイア
演目:J.S.バッハ/18のライプツィヒ・コラール集より
「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」
J.S.バッハ/オルガン小曲集より
「われらキリストを讃えまつらん」
ヘンデル/組曲ニ長調HWV341より
Ⅰ.序曲 Ⅲ.エア Ⅳマーチ
ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調Op.125
「合唱付き」
沼竜典尻はデビュー間もない頃に集中して、その後は断続的に、そして神奈川フィルの監督となってからは継続的に聴いているが、彼の「第九」は初めて。
以前、『ぶらあぼ』のインタビューで監督は、“「昭和の第九」をやりたい。例えば1楽章の最初は宇宙の始まり、そのあとビックバンが来るようでないと物足りない。シュタイン、サヴァリッシュ、マタチッチ、スウィトナーのような、自分が聴いて育ったタイプの音楽を求めている。若い頃は、突っ張って「最新の研究に基づく第九はこうです」というような演奏をしていたこともあった。でも結局、自分の原点に戻ったのだと思う”と語っていた。
若いころの沼尻の「第九」は知らないが、“シュタイン、サヴァリッシュ、マタチッチ、スウィトナーのような”とは頼もしい。昭和生まれとしては望むところだ。
なるほど、揺るぎのないずっしりとした堂々たる演奏で、昭和の時代をブラッシュアップした見事な「第九」だった。昭和に比べればオケの性能は圧倒的に向上しており、今は地方オケでさえ当時のN響を凌ぐくらいの実力がある。合唱はプロの精鋭たち。ソリストも一級で、昔の古き良き「第九」を思い出しつつ、一段とパワーアップした精密で重厚なベートーヴェンを堪能することができた。
神奈川ハーモニック・クワイアは岸本大が率いた各声部10人ずつの計40人、数としては決して多くはないが、プロ歌手だから声量が格段に違う。体格や姿勢、年齢からしてもアマチュアとの差は歴然としている。ソリストのうちバリトンは先だっての「ラインの黄金」でヴォータンを歌った青山貴、テノールはフロー役のチャールズ・キム、女性陣も優秀で4人のバランスが素晴らしく感動的な“合唱”だった。
前半は小島弥寧子が弾くバッハの2曲のオルガン作品と、そのオルガンを伴奏にしたヘンデルのトランペット組曲の抜粋が演奏された。トランペットは首席の林辰則、相変わらず達者な腕前である。
15分の休憩をはさんで「第九」。合唱団は最初から待機し、ソリストは第4楽章の演奏中に登場した。もちろん昨年の大植「第九」のように軽く演技をしながらではなく、ごく普通の入りである。コンマスは石田泰尚、弦の編成は14型だった。
ところで、みなとみらいホールの空調(暖房)は少々きついのではないか。ウインドブレーカーを脱いだだけでは暑くてしかたない。セーターも膝の上に置いてシャツ一枚となって聴いた。体調のせいだろうか。見渡すとコートを着たまま視聴していた人も居たから場所によって違うのかも知れない。それに寒暖の感じ方は人それぞれ、適温かどうかについて本当のところは何ともいえないが、ミューザ川崎のほうが上手く空調管理されているような気がする。
2025/11/29 今井清治×YACO モーツァルトとベートーヴェン ― 2025年11月29日 19:33
横浜アマデウス室内合奏団
第37回定期演奏会 ~古典派の円熟~
日時:2025年11月29日(土) 14:00開演
会場:日本キリスト教団 清水ヶ丘教会
指揮:今井 清治
共演:クラリネット/小野 ユカ
演目:モーツァルト/クラリネット協奏曲 K622
ベートーヴェン/交響曲第3番 Op.55「英雄」
京急本線の横浜駅から横須賀方面に向かって4つ目に南太田という駅がある。駅から北の坂道を歩いて5分もかからないところに清水ヶ丘教会があり、ここで無料コンサートがあった。
主催は横浜アマデウス室内合奏団(YACO)。YACOはHPをみると今井清治の呼びかけにより2006年に創立したチェンバー・オーケストラで、年3回の定期演奏会をこの教会にて続けているという。
で、土曜日の午後、交通の便は悪くないし天気もまずまず、プログラムにも魅かれて散歩がてら出かけることにした。
教会は壁面が煉瓦造りで屋根は緑・茶・橙の三色の洋瓦で葺いてある立派な建物。礼拝堂は2階席もあり300席くらいだろうか、ほぼ満席だった。天井は高く簡素な設えながら空調も照明も完備されている。教会のなかは冷えるのではないかと覚悟をしていたが、なんのなんの極めて快適な空間だった。
今井さんは読響のホルン奏者だったらしい。かなりの御歳で全曲座って指揮をした。この御歳だと、多分、山岸さんと一緒に活躍されていたはずだが覚えてはいない。
モーツァルトの「クラリネット協奏曲」のソリストは楽団のメンバー。YACOの定期演奏会は同一のプログラムで2公演あり今回は22日と29日。2人の楽団員がそれぞれソロを担当した。今日の小野ユカさんはアマチュアとは思えないほど無理のない端正な演奏でとても上手。秋も深まったこの季節のモーツァルトが心にしみた。
休憩後は「エロイカ」。教会の音響は素晴らしく、チェロやコントラバスの低音は地を這うように伝わり、ヴァイオリンや木管の高音は天井に吸い込まれていく。編成が小さいせいもあって各声部が明瞭に聴きとれる。アンサンブルに多少の難はあるが、今井さんは極端な制御や無理強いをすることなく自然体で温厚、それでいてベートーヴェンらしい迫力ある演奏だった。
散歩を兼ねての演奏会、発駅と着駅からの往復で万歩計をみると7000歩、一日の目安5000歩はゆうに越えた。
それにしても日本のアマチュア音楽家の活動はフルオケからチェンバーオケ、室内楽団、もちろんソロまで多様で層が厚い。アマチュアとは思えないほどの演奏に出会うこともある。アマチュアの楽団をまとめて聴くのはなかなか難しいけど、機会をみながらウオッチするのは楽しい。
2025/10/12 マルッキ×東響 「田園」と「春の祭典」 ― 2025年10月12日 19:11
東京交響楽団 名曲全集 第211回
日時:2025年10月12日(日) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:スザンナ・マルッキ
演目:ベートーヴェン/交響曲第6番 へ長調op.68
「田園」
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」
スザンナ・マルッキはフィンランド出身。著名な指揮者を輩出しているシベリウス音楽院でパヌラやセーゲルスタムに学んだ。サカリ・オラモとほぼ同世代でもう50代半ば。
もとはチェリストで30歳を過ぎてから指揮活動を本格化し、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を10年近く務めた。現代音楽の演奏集団であるアンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)の音楽監督も経験している。
今日のプログラムはEICの元監督であるから「春の祭典」は大注目だけど、その前段に20世紀音楽が並ばなくてよかった。「田園」+「ハルサイ」の名曲プログラムとなって一安心である。東響はよくEICの監督たちを招聘する。
マルッキは金髪をひっつめ、黒のパンツに動きやすそうな上着でもって登場した。身体は引き締まっていて、50代とは思えないほど若々しく見える。
「田園」は楽章ごと、あるいは楽章内も緩急、強弱を積極的に対比させる。楽章でいえば第2、5楽章を遅くゆったりと歌わせ、第3、4楽章を急速に強く激しく動かす。同じ楽章の中においてもテンポや音量にはっきりした変化をつけ、ひとつひとつの音を蔑ろにしない。だから音型や響きに新しい発見があって面白いが、いささか全体の音楽の流れが阻害されたように思えた。スダーンや沼尻のように物語がスムーズに見えてこない。音の中身は詰まっているのだけれど、進行が多少ギクシャクして演奏時間が長く感じた。
「春の祭典」も音づくりとしては「田園」とほとんど同じ。ただ「春の祭典」は「田園」のような標題性や物語性はなく、それぞれの部分の音響やリズムで勝負できる曲だから、結構楽しませてもらった。各パートのバランスは計算されつつ野性味もあった。野太くたっぷりとした音で迫力も十分。特に第二部の終盤「生贄の踊り」は狂気といえる変拍子のオンパレードで混沌の極みだが、マルッキの指揮に曖昧なところは全くない。非常に明快で分かりやすく混乱の欠片もない。終わってみると一種の爽快感さえ残した。この指揮姿には惚れる人がいるかも知れない。
コンマスは9月に第一コンサートマスターとして入団した景山昌太郎、隣に新人コンマスで現在は研究員の吉江美桜が座った。オケの弦楽器はしなやか、低音が豊かに膨らみ、管楽器の音色は素晴らしく、打楽器の切れ味は鋭い。今日も美しい東響の音だった。