2024/1/24 クァルテット・インテグラ+山崎伸子 シューベルト「弦楽五重奏曲」2024年01月24日 21:31



山崎伸子プロデュース「未来に繋ぐ室内楽」Vol.7
 クァルテット・インテグラ

日時:2024年1月24日(水) 14:00開演
場所:フィリアホール
出演:クァルテット・インテグラ
    ヴァイオリン/三澤 響果、菊野 凛太郎
    ヴィオラ/山本 一輝 
    チェロ/パク・イェウン
共演:チェロ/山崎 伸子
演目:ハイドン/弦楽四重奏曲 ロ短調 第37番/Op.33-1
   バルトーク/弦楽四重奏曲 第2番/Op.17 
   シューベルト/弦楽五重奏曲 ハ長調 D956


 山崎伸子がプロデュースする室内楽シリーズ、第1回に出演したクァルテット・インテグラが7年ぶりに再登場。この間にクァルテット・インテグラはバルトークコンクールで優勝し、ミュンヘンコンクールで第2位と聴衆賞受賞している。
 クァルテット・インテグラのチェロ・築地杏里は昨年末で退団した模様で、パク・イェウンに代わったが、このままパク・イェウンがメンバーに加わるかどうかは不明。
 演目は山崎さんが参加して師弟共演となるシューベルトの大曲「弦楽五重奏曲」がメイン。加えてハイドンの「ロシア四重奏曲 第1番」とバルトークの「弦楽四重奏曲 第2番」というお腹が一杯になりそうなプログラムである。

 最初はハイドン、6曲からなる「ロシア四重奏曲」のうちの「第1番」。その後の弦楽四重奏曲の形式と内容を方向づけた作品のひとつ。モーツァルトはこれら「ロシア四重奏曲」に触発され、「ハイドンセット」6曲を苦心惨憺してつくった。
 第1楽章は軽やかさのなかにもほんのりとしたペーソスをたたえる。第2楽章はメヌエットではなくスケルツォ、カノン風に進行する。第3楽章は優美そのものながら哀感を隠しようがない。第4楽章はプレスト、悲しみを振り払うように超スピードで駆け抜ける。クァルテット・インテグラの描くハイドンは、若々しく溌剌としていた。

 プログラムの真ん中に置かれたのはバルトークの「第2番」。この曲は難物。ハイドンを聴いたあとの耳にとっては、とてつもなく抵抗感が強い。
 第1楽章はハンガリーの民俗音楽の旋律がモチーフされているようだが、悲壮感がただよい緊張感を強いられる。
 第2楽章は民謡風の断片がスケルツォのように暴れまくり、スリリングな展開が続く。クァルテット・インテグラの楽器と格闘する様子や、出てくる音の強靭さを聴いていると、スポーツ競技を応援しているように手に汗握る。この第2楽章は高昌帥が吹奏楽用に編曲している。吹奏楽版もなかなか聴きごたえがある。
 第3楽章は終始おどろおどろしい。ほぼ無調といっていい。徐々に盛り上がるがヒステリックな感じはなく、クライマックスが静まったあと低弦のピッチカート2回であっけなく終わる。

 最後は山崎伸子が加わってシューベルトの遺作。死の直前に完成されたチェロ2挺を含む「弦楽五重奏曲」。モーツァルトやベートーヴェンの「弦楽五重奏曲」はヴィオラ2挺であるから異形の編成である。低音が補強され重心の低い音域が実現している。曲の規模や構成、楽想の豊かさの面でも室内楽曲としては破格で、孤高の作品といえるだろう。
 
 第1楽章は弱音で始まる。美しい第1主題が疾走する。第2主題は倍加したチェロを活かし、重みのある低音がおおらかに歌う。清らかさと抒情が体にしみ込んでくる。
 第2楽章が有名なアダージョ。楽想は崇高でありながら屡々はっとするような深淵をみせる。楽章がはじまってすぐに山崎さんのピッチカートのうえをSQのメンバーが歌う。ここで目頭が熱くなり落涙。このピッチカートの威力は絶大で、あるときは天国的に、あるときは悲劇的に聴こえる。言葉を失う。シューベルトは何という音楽を書いたのだろう。
 第3楽章のスケルツォは、ブルックナーに大きな影響を与えたに違いない。冒頭から活気がみなぎり各楽器が躍動する。バイオリンが弾け、チェロの二重旋律が輝かしく強烈に鳴る。中間部はコラール風の主題によって荘厳な空気に満たされる。この主題がゆるやかな起伏を辿った後、再び活気が戻る。たしかにブルックナーのスケルツォの先行事例がここにある。
 第4楽章はアレグレット。舞曲風の第1主題が奏された後、第1楽章と関連した第2主題が提示され、2つの主題が入れ替わりながら進行する。悲哀が徐々に強まっていく。最後はプレストで畳みかけるが、大きく高揚するコーダではなく、重々しい和音で全曲が閉じられた。

 久しぶりに山崎さんにお会いしたが、だいぶ御歳を召された。ひとまわり小さくなった。しかし、衰えはまったく感じられない。陰影が濃く多彩な表現は変わらない。表情は一段と深みを増したように思う。
 シューベルトの「弦楽五重奏曲」については、さまざまなことが言われてきた。伸びやかなメロディ、色彩感覚に優れた和声、予測不能の転調などと。そして、この曲は完璧でありながら謎めいているとか、音色の謎を完全に解き明かすことはできない、と嘆く人もいる。シューベルトは、その感受性に満ちた深い情緒をたたえた音楽によって、人間の思考や理解が途絶えた、彼岸の世界を描き出したのだろう。