映画『TAR/ター』、5月に日本公開2023年02月15日 12:20



 『エリザベス』『ロード・オブ・ザ・リング』などのケイト・ブランシェットが、天才女性指揮者を演じる映画『TAR/ター』の日本公開が、5月12日からと決まった。

https://gaga.ne.jp/TAR/
https://www.youtube.com/watch?v=TDwRtqEDD40

 『TAR/ター』は昨年の「ヴェネチア国際映画祭」で最優秀女優賞(ボルピ杯)を受賞、今年1月発表の「ゴールデングローブ賞」でも最優秀主演女優賞を獲得、第95回「アカデミー賞」では作品賞を含む6部門にノミネートされている。
 有名オーケストラにおける史上初の女性首席指揮者リディア・ターが、類まれなる能力とプロデュース力で、指揮者の頂点に昇り詰める。が、襲い来る重圧、過度な自尊心、張り巡らされた陰謀により、彼女の心の闇がだんだんと広がっていく、というサイコ・スリラーらしい。

 映画のなかの管弦楽団はドレスデン・フィルハーモニーが演じ、撮影もドレスデンの本拠地であるクルトゥーア・パラスト(文化宮殿)が使われた。また、劇中のエルガー「チェロ協奏曲」は、イギリスのチェリストのソフィー・カウアーとロンドン交響楽団が吹き替えを行い、カウアーは映画にも出演し、ブランシェットの相手役を務めている。
 音楽は『ジョーカー』で「アカデミー作曲賞」を受賞したアイスランドの女性チェリスト兼作曲家のヒドゥル・グドナドッティル。
 監督と脚本は『イン・ザ・ベッドルーム』や『リトル・チルドレン』のトッド・フィールド。過去の両作は「アカデミー賞」の脚色賞などにノミネートされたものの受賞を逃している。『TAR/ター』は16年ぶりの監督作で、トッド・フィールドが3度目の正直で受賞できるかどうかも注目の的。「アカデミー賞」の発表は現地時間の3月12日。
  
 ここ日本では管弦楽団が登場するTVドラマ『リバーサルオーケストラ』がはじまっている(放映は毎水曜日夜10時から。TVerでは1~3話と最新話が視聴できる)。

https://tver.jp/series/sr84opbk2g

 コンマス役の門脇麦と指揮者役の田中圭が主人公で、劇中の「児玉交響楽団」は神奈川フィルハーモニー管弦楽団が全面協力している。お気楽なTVドラマだから、時間潰しにちょうどいい。
 それに比べ『TAR/ター』は 音楽を題材に借りた心理劇のようで、ちょっと深刻かもしれない。なれど前評判は上々、公開を待ちたい。

2023/2/19 トルトゥリエ×都響 「スペイン交響曲」と「幻想交響曲」2023年02月19日 19:19



東京都交響楽団 第968回定期演奏会Cシリーズ

日時:2023年2月19日(日) 14:00開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール
指揮:ヤン・パスカル・トルトゥリエ
共演:ヴァイオリン/ベンジャミン・ベイルマン
演目:ラロ/ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調
      op.21 「スペイン交響曲」
   ベルリオーズ/幻想交響曲 op.14


 休日の昼下り、ポピュラ―な曲、というわけか、3階に少し空席があったけど、ほぼ満杯。
 指揮者のヤン・パスカル・トルトゥリエは、往年の名チェリスト、ポール・トルトゥリエの長男で、もう70歳も半ば。
 ソロはアメリカの若手ヴァイオリニスト、ベンジャミン・ベイルマン。使用楽器は日本音楽財団から貸与された1740年製のグァルネリ・デル・ジェス「イザイ」。名前の通り、過去、ウジェーヌ・イザイが所有し、その後アイザック・スターンが愛用していたという名器。

 ベイルマンのヴァイオリンは、艶のある音でよく歌っていた。「スペイン交響曲」3楽章の物憂げな間奏曲や、4楽章の哀愁をおびた甘美な緩徐楽章をじっくりと聴かせてくれた。ただ、ところどころオケが鳴りすぎて邪魔をしていたのが勿体ない。。
 アイザック・スターンの生は聴く機会をもたなかったが、彼が使用した楽器の音は確認できたことになる。
 なお、以下の日本音楽財団のHPからは、楽器貸与の実際を知ることができる。

 https://www.nmf.or.jp/

 トルトゥリエは、大柄な体躯を上下色違いのスーツで身を包み舞台にあがった。下は黒、上着はダークグレイとなかなかシックな装い。音楽は豪快で金管を盛大に鳴らす。タクトは持たず腕の振りが大きく精力的な指揮ぶり。
 休憩後の「幻想交響曲」。服装は粋だけど、音楽が粋とは限らない。テンポ設定や、休止の処理、楽想が転じるときの間合い、音量の推移などに違和感があった。迫力満点で豪壮ではあったが。
 この曲、夢中にさせてくれると、あっという間に終わってしまう。今日は演奏時間が長く感じた。オケの管楽器ソロや弦の合奏なども美しい瞬間があまりなかった。
 フルネが懐かしく思い出される。日曜日の残念な午後だった。

アンドレア・ボチェッリ2023年02月26日 19:24



『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』
原題:The Music of Silence
製作:2017年 イタリア
監督:マイケル・ラドフォード
脚本:マイケル・ラドフォード、アンナ・パビニャーノ
音楽:ガブリエル・ロベルト
出演:トビー・セバスチャン、アントニオ・バンデラス、
   ナディール・カゼッリ


 数年前に製作された映画、たまたまPrime Videoでみつけた。
 盲目のテノール歌手アンドレア・ボチェッリが、自らの半生を綴った自伝的小説を映画化したもの。自伝とはいっても、主人公の名前は“アンドレア”でなく“アモス”、他の登場人物も仮名である。
 アンドレア・ボチェッリは「小説を三人称で書いたのは、その方が自分という人間について語りやすいと思ったから。自分のことを“アモス”という別の名で呼ぶことで、第三者として見ることができる。彼のことを描きながら、同時にじっくりと観察することができる」と語っていた。自伝的小説のタイトルが『沈黙の音楽』(高田和文訳、早川書房、2001年)。『The Music of Silence』がそのまま映画の原題となっている。

 イタリアのトスカーナ地方の小さな村。アモス(トビー・セバスチャン)は、幼い頃から弱視に悩まされていた。12歳の時、サッカーボールが目に当たって持病が悪化し失明してしまう。
 不自由な暮らしを見かねた叔父が、歌が好きで上手なアモスを声楽のコンテストに出場させる。アモスの歌声は高く評価され見事優勝。しかし、変声期をきっかけに歌手の道をあきらめ弁護士を目指すことになる。
 でも、とうぜん音楽をやめることなどできやしない。大学での法学の勉強の合間に生演奏のアルバイトを続けていた。ある日、『椿姫』の「乾杯の歌」を披露したところ大歓声を浴び、これをきっかけとし将来の伴侶となるエレナ(ナディール・カゼッリ)と出会う。
 また、その歌声に感心したピアノ調律師の紹介によって、数々のオペラ歌手を育てたスペイン人の歌唱指導者マエストロ(アントニオ・バンデラス)の指導を受けることに。アモスの人生が大きく動き出す。
 監督はアカデミー賞にノミネートされた『イル・ポスティーノ』のマイケル・ラドフォード。トスカーナの素敵な景色を背景に、盲目のハンディキャップを大げさに描くことなく淡々と物語を進めて行く。音楽映画でありながら画面から醸し出される静けさは本当に見事だ。

 劇中歌は、先の「乾杯の歌」をはじめ、『トスカ』の「星は光りぬ」、『アンドレア・シェニエ』の「ある日、青空を眺めて」など。アモスの歌唱シーンは全てボチェッリ本人が吹き替えをしたという。
 エンドロールでは、アルバムの総売上5000万枚を記録したアンドレア・ボチェッリが、ローマ法王、エリザベス女王、アメリカ大統領と同席したときの画像が映し出され、『トゥーランドット』の、あの「誰も寝てはならぬ」が流れる。この奇跡のテノールとなった瞬間は真に感動的。