9月の旧作映画ベスト32024年09月30日 13:37



『マイ・ボディガード』 2004年
 監督は『トップガン』のトニー・スコット。原作はイギリスのA・J・クィネルが発表したバイオレンス小説「燃える男」。心に傷をもつ元CIAエージェントのクリーシー(デンゼル・ワシントン)が、誘拐された少女ピタ(ダコタ・ファニング)を命懸けて守る。物語はメキシコの治安問題や人身売買といった社会的テーマを潜在させながら、単なるアクション映画に留まらない。ありきたりの復讐とは違って贖罪と救済の展開に震えるような感情を掻き立てられる。デンゼル・ワシントンが圧倒的な存在感をみせる。ダコタ・ファニングはこのとき10歳、たんに可愛いばかりでなくその成熟した演技は驚嘆にあたいする。映像面でも動き回るカメラやジャンプカット、クイックズームの多用など、主人公の感情に合わせた大胆な視覚化に挑戦しており、時代を先取りしたような画面効果が新鮮だ。トニー・スコットにはもっと生きてほしかった。

『グレイテスト・ショーマン』 2017年
 「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀実在の興行師バーナムの人生を描いたミュージカル。主演はヒュー・ジャックマン。共演するゼンデイヤやミシェル・ウィリアムズ、レベッカ・ファーガソンなどの女優陣も魅力的。貧しい仕立て屋の息子であるバーナムは家族を養うために様々な挑戦を経て「バーナム博物館」を開く。しかし博物館の客足はのびず失敗。日陰者たちを集めた「見世物小屋」を思いつき、特異な人たちのサーカスが成功を収める。ここから彼の人生は大きく変転する。道徳性や倫理性などという野暮なことは棚上げして、そのまま音楽、踊り、演技、映像が融合したエンターテインメントを楽しめばいいと思う。音楽は『ラ・ラ・ランド』の製作チームが手がけ、楽曲はいずれも親しみやすく、主人公たちの内面的な葛藤や成長に寄り添い強い共感を呼ぶ。監督は本作が実質映画デビューのマイケル・グレイシー。

『イコライザー THE FINAL』 2023年
 70歳のデンゼル・ワシントン、30歳を目の前にしたダコタ・ファニングが19年ぶりに共演。イコライザー・シリーズの最終章。舞台はイタリア、アマルフィ海岸やナポリ、ローマなどの風景が美しく物語に華を添える。シチリア島の事件で負傷した元国防情報局のマッコール(デンゼル・ワシントン)は、アマルフィ海岸沿いの田舎町にたどり着く。温かい町の人々に救われた彼はここを安住の地にしたいと願う。しかしその町にもマフィアが迫りマッコールは大切な人々を守るため再び立ち上がる。ダコタ・ファニングはCIAエージェントを演じるが、どうしても彼女でなければ、という役柄とはいえず居心地が悪い。『マイ・ボディガード』の少女はダコタ・ファニング以外は考えられないほどの凄みだったけど。エリザベス・テイラーやジョディ・フォスター、ナタリー・ポートマンなどの例はあっても名子役が大成するのは難しい。

『レコード芸術』が復刊――Web版2024年07月25日 14:06



 昨年7月に休刊した『レコード芸術』(音楽之友社)が、今年4月にクラウドファンディングを実施し、目標額の1,500万円を達成したことで、この9月からオンライン版で復刊するという。
 クラシック音楽の録音・録画メディアのポータルサイト『レコード芸術ONLINE』として生まれ変わるわけだ。新譜月評、新譜一覧、執筆陣による講座、アーカイヴ連載などを月1,100円(予定価格)で提供、一部無料記事も掲載する。もちろんレコードアカデミー賞も装いを新たにして継続する。

 ただ、『レコード芸術』休刊時には3,000人ほどの復活嘆願書が集まって話題になったけど、今のところオンライン版の購読予定者は800人程度らしい。これでWeb版の継続が可能かどうかについてはよくわからない。 
 しかも、この先どれほどの有料購読者の増加が見込めるのか。音楽の聴き方が音盤からストリーミングやインターネット経由のダウンロード再生などに変化しており、CDやDVDの売上げも随分減っているはずだ。
 専門家による音盤評価や連載記事がクラシック音楽の普及に役立っているとは言っても、時代の趨勢とはズレがあるような気がしないでもない。

 一方、演奏会情報としては、同じ音楽之友社の『音楽の友』がある。紙媒体で発刊し、音楽ニュースや演奏家インタビュー、演奏会日程、演奏会時評などを提供しているが、これも将来にわたって安泰かどうかは難しいところである。
 正直、公演情報だけであれば『ぶらあぼ』で十分である。Netと紙媒体とを連携させ、最新の業界ニュースから注目公演の紹介、コンサート検索など知りたい情報が網羅されている。
 『音楽の友』は戦前の創刊で80年以上の歴史があり、発行部数10万部、『ぶらあぼ』は創刊して30年、発行部数3万5000部である。『音楽の友』のほうが断然優勢のようだけど、『レコード芸術』だって公称10万部であったのにこの有様である。実売部数は公称する発行部数の何分の1かに過ぎない。それに『ぶらあぼ』は広告収入による運営だから無料コンテンツであることが何よりの強味だ。

 出版業界の販売不振は深刻で、とりわけ雑誌の売上は1997年を頂点に四半世紀のあいだ連続してマイナスを記録し、販売額はピーク時の3分の1以下に落ち込んでいる(出版科学研究所)。
 とうぜん音楽之友社についても雑誌衰退の影響をモロにかぶっている。老舗、音楽之友社といえども生き残るためにはデジタル化の充実を含め一層の工夫が必要だろう。

6月の旧作映画ベスト32024年06月28日 08:48



『誰よりも狙われた男』 2013年
 ジョン・ル・カレの小説は何作か読んだ。ラドラムやクランシーのような派手さはなく、ひたすら地味。その分、いかにも本物の諜報活動はこうだろうな、と思わせる。映画になっても『ナイロビの蜂』や『裏切りのサーカス』『われらが背きし者』などエンターテインメントというよりはドキュメンタリーのように真に迫って来る。この作品もまさにそう。ハンブルクでテロ対策チームを率いるバッハマンは、密入国したイスラム過激派のイッサに狙いをつけ、泳がせることで密かにテロ資金を援助する大物と背後の組織を一網打尽にしようとする。が、ドイツの諜報界やアメリカのCIAは闇雲にイッサ逮捕に向けて動きだしていた。バッハマンを演じるのはこの映画が最後の主演作となってしまったフィリップ・シーモア・ホフマン、名優である。共演はレイチェル・マクアダムス、ウィレム・デフォーなど芸達者が顔を揃える。チームの労苦が報われない結末の余韻が長く尾を引く。

『フォードVsフェラーリ』 2019年
 1960年代、ル・マン24時間耐久レースにおけるフォードとフェラーリの闘いを描いた実話もの。ル・マンでの勝利を目指すフォード社は、元レーサーでカー・デザイナーのシェルビー(マット・デイモン)にマシンの開発を依頼する。絶対の王者フェラーリ社に勝つためには、マシンとともに優秀なドライバーの獲得が必要だ。シェルビーは若くはないが才能あるレーサーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)に目をつけチームに引き入れる。シェルビーとマイルズは力を合わせて幾多の困難を乗り越えル・マンに挑戦する。カー・レースという一種の闘争劇の面白さはもちろん、組織と個人という永遠のテーマこそが更に興味深い。マット・デイモンは『ボーン』シリーズでは筋肉隆々のマッチョな諜報員、『AIR/エア』では腹の出た中年のナイキ社員、ここでは元レーサーらしくその中間の体型をつくりあげた。そして、ラスト数分の彼の万感交到る演技を観てほしい。

『野性の呼び声』 2020年
 昔も昔、大昔、小学生のころ、ジャック・ロンドンの原作を「少年少女世界名作全集」?の一冊として『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』などと一緒に読んだ覚えがある。過去に何度も映画化されているが、主人公であるべき犬をどう演技させるかに大きな制約があった。本作では『アバター』と同様、モーションキャプチャーで造形したらしい。犬の仕草の隅々に至るまで見事に感情がこもっている。逆に表情があまりに過剰なため、ちょっと不自然さを感じるかも知れないが、そんなことは些細なこと。CGの進化によって小説の真の実写化が可能になったことは確かだ。ゴールドラッシュの時代、アラスカの大自然をバックに、ハリソン・フォードが演じる愛する人を失った孤独な老人と、飼い主を次々と代わりながら野性を取り戻して行く名犬バックとの絆に涙し、壮大な冒険に胸躍る。監督は『ヒックとドラゴン』で人とドラゴンとの友情を描いたクリス・サンダース、これ以上ない人選だろう。

5月の旧作映画ベスト32024年05月31日 09:37



『野のユリ』 1963年
 シドニー・ポアチエの代表作のひとつ。黒人俳優として初のアカデミー主演男優賞を受賞した。アリゾナの砂漠地帯をステーション・ワゴンで旅するホーマー(ポワチエ)が、東ドイツからの亡命者である修道女のマザー・マリア(リリア・スカラ)らと出会う。修道女たちとはまともに言葉が通じない。ホーマーは英語を教えながら修道女たちの願いである教会建設の手伝いをする。図々しくも身勝手なマザー・マリアとは行き違いばかり。何やかやとすったもんだの末、荒地に無事教会が完成するが…モノクロ・スタンダードによるコメディータッチの人間ドラマ。ポアチエの歌うゴスペルの名曲「エーメン」が耳に残る。標題の『野のユリ』はマタイ福音書6章「なにゆゑ衣のことを思ひ煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、勞せず、紡がざるなり。然れど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服裝この花の一つにも及かざりき」に由来しているという。

『華麗なるギャツビー』 2013年
 F・スコット・フィッツジェラルドの原作、何度も映画になっている。謎の富豪ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)の一生を、隣人で友人となったニック(トビー・マグワイア)が語っていく。監督は『ムーランルージュ』のバズ・ラーマン。相変わらずのド派手で過剰な舞台設定に圧倒される。繰り返されるパーティーシーンの狂騒は酒、紙吹雪、花火などが画面一杯に飛び散り滑稽なくらい。時代は第一次大戦後のアメリカ、後年のわれわれは史実としてその後の大恐慌を知っているから、ギャツビーの運命が時代の前兆と思えてしまう。夢見るギャツビーはいつまでも過去に執着し、初恋の相手デイジー(キャリー・マリガン)はあまりにも我儘すぎる。デイジーの夫トム(ジョエル・エドガートン)はどこまでもいかがわしい。でも、トムのヴィランぶりが何故か一番真っ当に感じるのもこの時代のせいか。年代ものの名車が走り回る。クラシックカー好きにもお勧め。

『ボーイズ・イン・ザ・ボート~若者たちが託した夢』 2023年
 監督はあのジョージ・クルーニー。大恐慌の真っただ中、1936年ベルリン・オリンピックのボート競技でヨーロッパの強豪たちと戦い、金メダルを獲得したアメリカチームの活躍を描いた実話もの。ワシントン大学のエイト二軍チームは衣食住目当ての学生たちで結成された。屈強な労働者階級の若者たちは厳しい練習を重ね全米優勝、オリンピックへの出場権を獲得する。1936年の大会はヒトラーが仕切った祭典、観戦するヒトラーの目の前でアメリカチームはドイツチームを破る。スポコン映画だから誇張すればもっと重々しくドラマチックに仕上げることができたはずだけど、練習風景もアクシデントも恋愛、友情、親子関係もまるでドキュメンタリーのようにさらっと軽やかに描く。ボート部のコーチは『華麗なるギャツビー』でも出色の憎まれ役を演じたジョエル・エドガートン、抑えた演技でもって見せ場をつくる。なんとこの佳作、日本では劇場未公開。

4月の旧作映画ベスト32024年04月30日 14:25



『プラダを着た悪魔』 2006年
 ジャーナリスト志望のアンディ(アン・ハサウェイ)が、一流ファッション誌「ランウエイ」の剛腕編集長ミランダ(メリル・ストリープ)の助手として採用される。それが試練のはじまりだった。アン・ハサウェイの、仕事と私生活の狭間で悩み上司に翻弄されながらも信頼を勝ち得ていく成長ぶりや、彼女の冴えないファッションが徐々に洗練されていく変容ぶりは見もの。だけど、この映画の眼目は何といってもメリル・ストリープ。その悪魔的な演技、悪魔といっても怒鳴り声や剣呑な顔のことではない。眉や眼、口元の動きといったわずかな表情の変化や、声の抑揚、言葉の端々で部下を恐怖に陥れ支配する。そして、たんに理不尽で意地悪なだけでなく、相手に対する奥深い洞察力を垣間見せることも忘れない。あきれるほど達者で思わず唸ってしまう。名女優ここにあり、である。

『メッセージ』 2016年
 派手なドンパチを売り物にしたSF映画ではない。『DUNE』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が米作家テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』を映画化した。突如として地球の各地に降り立った楕円状の宇宙船。言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は、軍の要請で地球外生命体と意思疎通を図ろうとする。彼らは人類に何を伝えようとしているのか。ルイーズは異質な文字言語の解読に苦労しながらコンタクトを試みるうちに相手の持つ能力――人類は因果論的に世界を認識するが、彼らは過去・現在・未来を同時的に認識する――にシンクロしていく。さまざまな伏線が散りばめられ「言語」や「時間」をテーマにしたなかなかに難しい作品だが、ヴィルヌーヴらしく巨大な造形は圧倒的で、ストーリーも抜かりがなくスリリング。観るたびに新たな発見が得られる映画かも知れない。

『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』 2022年
 大邸宅を舞台に英国貴族クローリー家とその使用人たちの人間模様を描く。時代は無声映画からトーキーに変わる頃。邸宅は傷みが目立ち、長女メアリー(ミシェル・ドッカリー)は修繕費の工面に悩んでいた。そんなとき米国の映画会社から屋敷を撮影に使用したいとの話。メアリーは父ロバート(ヒュー・ボネヴィル)の反対を押し切って撮影を許可する。そのロバートは母=メアリーの祖母ヴァイオレット(マギー・スミス)が旧知の男爵から南仏の別荘を贈られたことを知り、その事情を探るため南仏へ向かう。そして、貴族の規範ともいうべきヴァイオレットが最期を迎える。クロリー家も“新たなる時代”に向き合わなければならない。英国そのものを象徴するようなクロリー家、映像の美しさが滅びゆく貴族の光と翳りの美しさに思える。監督は『黄金のアデーレ 名画の帰還』のサイモン・カーティス。