2025/3/22 アンサンブル山手バロッコ 「ブランデンブルク協奏曲」 ― 2025年03月22日 18:15
かなっくde古楽アンサンブル
J.S.バッハ ~ 種々の楽器のための協奏曲
日時:2025年3月22日(土) 14:00 開演
会場:かなっくホール
出演:アンサンブル山手バロッコ
共演:ソプラノ/小林 恵
バロック・トランペット/池田 英三子
バロック・ヴァイオリン/小野 萬里
ヴィオラ・ダ・ガンバ/坪田 一子
演目:ブランデンブルク協奏曲第6番変口長調BWV1051
カンタータ第209番
「悲しみのいかなるかを知らず」より
ブランデンブルク協奏曲第5番二長調BWV1050
カンタータ第51番
「全地よ、神に向かいて歓呼せよ」
アンサンブル山手バロッコは、主に横浜山手の洋館で演奏活動を行っている古楽器団体。フリーキャスターでリコーダー愛好家の朝岡聡を中心に結成され、活動歴はすでに四半世紀になるという。今回、この楽団に4人のゲストを加え「J.S.バッハ 種々の楽器のための協奏曲」と銘打って、かなっくホールにて出張公演とあいなった。
J.S.バッハは生涯で1000曲以上の作品を残したといわれているが、受難曲と代表的なミサ曲、幾つかの管弦楽曲と協奏曲、無伴奏のチェロとヴァイオリン、鍵盤楽器では平均律と変奏曲、オルガン作品数点くらいしか知らない。音盤も十数曲しか持っていないだろう。実演の機会となるとさらに少なくなる。
有名な「ブランデンブルク協奏曲」も6曲をまとめて生で聴いたことはない。今日も「5番」と「6番」の2曲である。「ブランデンブルク協奏曲」はバッハが終焉の地ライプツィヒへ移る前のケーテン時代の作品で、「6番」が最初に「5番」が最後に書かれたという。
前半は「ブランデンブルク協奏曲第6番」と「カンタータ第209番」。
「第6番」はヴィオラ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロの独奏。ヴァイオリンを含まず、チェロ、コントラバス、チェンバロが加わる。第1楽章はカノン風の音楽が絡み合って進む。躍動感がありつつ中低音楽器主体の重厚さもある。第2楽章はアダージョで、ヴィオラ・ダ・ガンバはお休み。歌謡性があって美しい。第3楽章はアレグロ、楽器同士の軽妙な掛け合いや可憐な問答のような部分がある。
「カンタータ第209番」からはシンフォニアと終曲アリア「不安や怖れを乗り切った舟人は」を抜粋して。小林恵のソプラノは表情も情感もゆたか。
後半が「ブランデンブルク協奏曲第5番」と「カンタータ第51番」。
「第5番」はチェンバロ、フルート、ヴァイオリンの独奏。第1楽章はチェンバロの長大なカデンツァが印象的。通奏低音という裏方から主役へ躍り出たごとく。後年のピアノ協奏曲の助走のようであるが、いかんせん音量がいかにもか細い。第2楽章は煌びやかな雰囲気は消え、独奏楽器のみによって少し影のある旋律が奏でられる。第3楽章はフルートから受け継がれていく楽想が飛び跳ね、最後は独奏楽器が絡み合いながら華やかなフィナーレとなる。
「カンタータ第51番」はバロック・トランペットが参加し、1曲目のアリアと終曲のコラールを華やかに彩る。小林恵のソプラノもまるで楽器のよう。2曲目のレチタティーヴォと3曲目のアリアは、ソプラノがヴィオラ・ダ・ガンバのくぐもったどこか悲しげな伴奏とともに神への思いを吐露する。
古楽器の演奏会なんてあまり経験がない。いつものコンサートホールにおける刺激的な時間というよりは、ちょっと異空間に紛れ込んで、親密かつ穏やかな2時間を過ごした、という感じであった。
2025/2/24 カシオペイアSQ 「MISHIMA」と「アメリカ」 ― 2025年02月24日 19:02
かなっくクラシック音楽部 フロイデコンサート
日時:2025年2月24日(月・祝) 14:00 開演
会場:かなっくホール
出演:カシオペイア・クァルテット
ヴァイオリン/渡辺 美穂
ヴァイオリン/ビルマン 聡平
ヴィオラ/村松 龍
チェロ/弘田 徹
演目:バーバー/弦楽四重奏曲第1番 Op.11
グラス/弦楽四重奏曲第3番 「MISHIMA」
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲 第12番
「アメリカ」
フィリップ・グラスの「MISHIMA」を聴きたくてチケットをとった。前後には「弦楽のためのアダージョ」と「アメリカ」という鉄壁のプログラム。
カシオペイアSQは、かなっくホールを拠点とする四重奏団、新日フィルの弘田とビルマン、N響の村松、そして、紅一点渡辺美穂で編成されている。以前、モーツァルトとシューベルトを聴いている。
最初がバーバーの「弦楽四重奏曲第1番」。この第2楽章を弦楽合奏に編曲したのが有名な「弦楽のためのアダージョ」。さらに、第2楽章は無伴奏混声合唱曲「アニュス・デイ」としても編曲されているらしい。
オリジナルの弦楽四重奏曲は、第1楽章と第3楽章が鋭く激しく切り裂くような曲調で、間に挟まれた第2楽章が別世界のような美しい音楽となっている。途中、三重奏となって第1Vn.と第2Vn.が交代で休止する。このため渡辺美穂のソリストらしい華やかな音と、ビルマン聡平の地味ではあっても奥行きのある音との対比が絶妙で、深い哀しみのなかに安らぎと癒しが浮かび上がってくる。それにしてもこの曲、バーバー26歳のときの作品というが信じられないほどの完成度である。
グラス「MISHIMA」のSQ版は、もちろん映画「MISHIMA」のための音楽を土台にしている。昨年聴いたピアノ協奏曲版はグラス本人ではなく、マイケル・リースマンが編曲したものだけど、SQ版はグラス自らが筆をとった。演奏するに15分から20分ほどの長さで、1.受賞のモンタージュ、2.市ヶ谷、3.祖母と公威、4.ボディビル、5.血の誓い、6.三島/エンディング、の6つの曲から成る。
音楽はひたすら内面に向かう。反復と断絶、漸増と漸減、高揚と抑制を繰返しながら進行する。鬱屈した精神に悲壮な決意が充填される。カシオペイアSQの寄せては返す波のような音のうねりに身を委ねていると、三島の生涯が重なり押しつぶされそうになる。今年は三島由紀夫の生誕100年である。
最後はドヴォルザークの「弦楽四重奏曲第12番」、“アメリカ”の愛称で親しまれ、「新世界より」「チェロ協奏曲」と並ぶ滞米中の代表作。異文化を背景に故郷への愛情や郷愁が色濃く反映している。
第1楽章はアレグロ、ゆったりとしたボヘミア民謡風の旋律で開始される。有名なこの主題はその後の楽章にも形を変えて出てくる。村松龍のヴィオラがしっとりとした旋律を奏でる。展開部ではフーガ的な音の動きが興奮をよぶ。第2楽章はレント、郷愁をさそう伸びやかな緩徐楽章。黒人霊歌に着想を得たといわれる歌謡的な部分が印象的。それぞれの楽器に短いソロが用意されていて、ここでも渡邊とビルマンの色合いの違いが活かされていた。弘田徹の深々としたチェロの響きで終わる。第3楽章はスケルツォ。ボヘミアの舞曲による主題が使われているようだが、軽快なリズムに彩られ、鳥のさえずりも引用されている。第4楽章フィナーレ、リズミカルな主題はネイティブアメリカンの影響だという。力強い副主題と讃美歌的な旋律との対比が鮮やか。最後は激しい気迫で4人揃ってコーダへ雪崩れ込んだ。
アンコールは松任谷由実の「春よ、来い」を披露してくれた。そう、あと数日すれば3月、春到来である。今年も時間は足早に過ぎて行く。
2024/9/13 志野文音 「アルハンブラの想い出」 ― 2024年09月14日 09:09
お仕事終わりに ワンコインコンサートVol,2
志野文音のクラシックギター リサイタル
日時:2024年9月13日(金) 19:00 開演
会場:かなっくホール
出演:ギター/志野 文音
演目:A.ルビーラ/禁じられた遊び
F.タレガ/アラビア風奇想曲
横尾幸弘/さくらの主題による変奏曲
A.C.ジョビン/Felicidade
志野文音/碧い月
F.タレガ/アルハンブラの想い出
C.コリア/SPAIN
A.ピアソラ/リベルタンゴ
学生のとき下宿住まいをしたことがある。いや下宿というのは正確ではない、学生用のアパートである。2階建ての安普請で10部屋くらいあっただろうか。その2階にクラシックギターのすごく上手い奴がいた。しょっちゅうギターを爪弾いていたから、ときどきその部屋に出向いて聴かせてもらった。ソルとかカルリ、カルカッシといった作曲家の名前を覚えたのも彼のおかげだった。「禁じられた遊び」はもちろん知っていたが、「アルハンブラの想い出」はそのときが初めて。たちまち魅了された。一本の弦をトレモロで弾く奏法がカッコよくて痺れた。
身体を壊したためアパート暮らしを半年ほどで切りあげ実家に戻った。彼とはそれっきりになってしまった。学部も履修科目も違っていたから再び顔を合わせることはなかった。しかし「アルハンブラの想い出」の憧れだけは残った。何とか自分で弾こうとギターを買った。我流で挑戦してみたが、譜面をまともに読めない、指も不器用で思うように動かないとなれば、挫折するまでそんなに時間はかからない。新品のギターが勿体なかった。あとはコードをまさぐってフォークソングの真似事をしていたものの、それもいつしか飽きて、ギターは埃にまみれるばかりだった。
就職して何年かのち転勤を命じられ一人暮らしをはじめると、どうしてか「アルハンブラの想い出」が懐かしく、頻りにまた弾きたいと思うようになった。本格的にギターを習おうという邪悪な考えが頭をもたげ、個人レッスンなどという暴挙に及ぶこととなる。今となってみるとトチ狂っていたとしか思えないのだけど、建孝三という当時はそれなりに名の知れたギタリストのところまで通った。
ソルやカルカッシなどの練習曲を繰返し勉強した。だけど、いよいよ思い知ったのは自分には露ほども音楽の才能が備わっていないということだった。1年たっても「アルハンブラの想い出」の数小節も弾けない。で、結局は諦めるより仕方ない。音楽は聴くことに専念しようと。こそばゆいようなほろ苦いような記憶である。
ギター演奏会に出向くのは、束の間の先生だった建孝三のリサイタル以来だから何十年ぶりかである。チラシの演目で「アルハンブラの想い出」をみた。「リベルタンゴ」や「スペイン」も。交通の便がよいホールで、ワンコインで、仕事帰りあるいは夕食後の1時間、女性ギタリストが弾くという。このホール、普段なら中段より後ろに座るのだが、今回はかぶりつきとはいわないまでも舞台前方から数列目に陣取って楽しむことにした。
上が白、下が黒の、シンプルでゆったりした装いの志野文音が登場した。綺麗なお嬢さん。しばし黙考し即興風にギターをかき鳴らす、そのうちあの「禁じられた遊び」のメロディを普通に弾いたあと、幾つかのバリエーションを施した。お馴染みの「禁じられた遊び」がとても新鮮に聴こえた。
1曲終えるごとに楽曲の解説やギターの奏法などのお喋りを挟んで進行する。「アラビア風奇想曲」はむかし聴いた覚えがある。「さくらの主題による変奏曲」は琴の音色がする。「フェリシダージ」はブラジルのアントニオ・カルロス・ジョビンが遺したボサノヴァの名曲、リズムが心地よい。
奏者自らが書いた「碧い月」を経て、「アルハンブラの想い出」。音楽は一瞬にして時を超える。学生アパートの窓枠に腰をかけ手摺に身を寄せ弾いていた彼の姿が見えたような気がした。
ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」のアダージョを引用して始まる「スペイン」。オスティナートが印象的。もともとフュージョン・バンドのため書かれたものらしいが、いろいろな楽器にアレンジされる。ギター独奏となるとコードとメロディー、リズムを忙しく刻み観ているだけでも壮観。
最後は「リベルタンゴ」。言わずと知れたピアソラの代表作。これもギター、ヴァイオリン、チェロ、ピアノソロからサクソフォーン、フルート、弦楽などの四重奏、タンゴ楽団、通常のオーケストラまで様々な楽器でもって演奏される。ギター一本でも音楽の迫力は半端ない。大いに盛り上がって予定の演目を終了、アンコールは一転し哀愁の「ニュー・シネマ・パラダイス」を弾いてくれた。
2024/8/4 あこがれ inかなっく モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」 ― 2024年08月04日 19:42
あこがれ inかなっく Vol.3
モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」(ハイライト)
日時:2024年8月4日(日) 14:00 開演
会場:かなっくホール
指揮:高橋 健介
出演:ソプラノ/嘉目 真木子(フィオルディリージ)
メゾソプラノ/遠藤 千寿子(ドラベッラ)
ソプラノ/雨笠 佳奈(デスピーナ)
テノール/澤原 行正(フェランド)
バリトン/大川 博(グリエルモ)
バリトン/大島 嘉仁(ドン・アルフォンソ)
ピアノ/寺本 佐和子
呉市ではじまった「あこがれプロジェクト」の横浜引っ越し公演。第3回目はいよいよモーツァルト。「コジ・ファン・トゥッテ」を“恋人たちの学校”という副題そのままに、舞台背景を学校の教室に見立てた上演。昔、晴海の第一生命ホールにおいて似たような公演を観たことがある。
今回の歌い手は嘉目、澤原、大川のいつものメンバーに新たに遠藤、雨笠、大島が加わった。指揮とピアノは変わらない。
正味2時間のハイライト版。ナポリの屋敷や庭園を学校の教室に読み替えた舞台ながら、劇としてしっかり見せるという方針なのか台詞に当たるレチタティーヴォ・セッコを丁寧に扱っていた(日本語字幕が広島弁?には笑ってしまったが)。
その一方、第1幕における「毎日お手紙を下さいね」「風は穏やかに」「岩のように動かない」などのアンサンブルやアリアが省略されたり短縮されていたのは残念。第2幕のドラベッラやフィオルディリージが変装した恋人たちの誘惑に負けるところや、終盤の結婚式を経て真相が明かされる四重唱や六重唱では改めてモーツァルトの音楽の凄みを味わうことができたけど。
今日初めて聴いた声楽家のなかではデスピーナを演じた雨笠佳奈に注目した。透明感のある声や軽快な動作が魅力的、バルバリーナやツェルリーナ、パパゲーナなども適役だろう。
小さなホールでの一流の歌手たちの熱唱は贅沢な時間だったが、歌と劇との融合という面ではちょっと中途半端になってしまった。
モーツァルトのオペラは、思い切ってアリアと重唱に絞り込んだ演奏会形式か、読み替えも省略もない本格的な舞台公演のどちらかで観賞するほうがよさそうだ。
2024/3/20 ファミリー・クラシック ピアノ四重奏版「エロイカ」 ― 2024年03月20日 20:38
ヴィアマーレ・ファミリー・クラシックVol.23
ピアノ四重奏で聴くベートーヴェンの「英雄」
日時:2024年3月20日(水祝) 14:00開演
会場:はまぎんホール ヴィアマーレ
出演:ヴァイオリン/戸原 直、直江 智沙子
ヴィオラ/大島 亮
チェロ/上森 祥平
ピアノ/嘉屋 翔太
演目:ピアノソナタ第23番ヘ短調Op.57
「熱情」より第1楽章
ヴァイオリンソナタ第5番ヘ長調Op.24
「春」より第1楽章
弦楽四重奏曲第13番変ロ長調Op.130
「カヴァティーナ」より第5楽章
交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄」
(リース編曲ピアノ四重奏版)
久しぶりに演奏会をハシゴした。モーツァルト・マチネからファミリー・クラシックへ。両公演とも昼開催で、会場も比較的近い。JRの川崎から桜木町まで約20分、桜木町の駅前で昼食をして、余裕でヴィアマーレへ。ヴィアマーレは横浜銀行本店にある客席数約500人のホールで、以前利用したことがある。音響もなかなか優れている。
演奏会の全体は二部構成で、第一部は神奈川フィルの企画担当である鎌形昌平さんのレクチャー付きコンサート。鎌形さんは若いけど達者なお喋り。ベートーヴェンの生涯と作品をさらりと語り、その間に演奏を挟み込む。
最初は「熱情」の第1楽章から。ピアノソロはゲストの嘉屋翔太、弱冠23歳、フランツ・リスト国際ピアノコンクールで最高位を獲得している。重心の低い力強いピアノ。次いで、これもゲストの戸原直が登場し、嘉屋とともに「春」の第1楽章を。戸原は今年1月に読響のコンマスに就任した。しなやかで甘い響きが「春」にお似合い。最後に、神奈川フィルの首席たち(Vn.直江、Va.大島、Vc.上森)が戸原とともに弦楽四重奏を組んで「カヴァティーナ」(「第13番」の第5楽章)、臨時編成とは思えないほど息の合った演奏。ピアノソナタ、ヴァイオリンソナタ、弦楽四重奏曲の良いとこ取りの前半だった。
第二部が神奈川フィルの3人と嘉屋翔太によるピアノ四重奏版の「エロイカ」。
室内楽版に編曲したのはフェルディナント・リース。リースは、ベートーヴェンの弟子であり友人でもあったピアニスト。シンフォニーの演奏機会が少なかったコンサート・ビジネスの黎明期には、サロン・コンサート用に多くの管弦楽作品が編曲された。楽譜出版社の売上にも貢献したのだろう。室内楽版は作曲者自らが編曲する例もあるが、「エロイカ」の場合はベートーヴェンの弟子のリースとフンメルがそれぞれのヴァージョンで編曲しているという。
室内楽版はやはりピアノが骨格をつくっていく。ゲストの若い嘉屋翔太が驚異的な働きをみせた。重厚な響き、余裕のあるダイナミクス、スムーズな緩急、的確なパウゼ、弦楽器奏者との呼吸や手際よさにとても感心した。
各楽章ともそれぞれ興味深く聴いたが、圧巻は最終楽章、ベートーヴェンの途方もない着想と技法が詰まった変奏曲たちの場面は、奏者がたった4人であることを忘れるほどの迫力。とくにコーダに向けての第9変奏と第10変奏は、まさに肌が粟立つような演奏だった。