2023/8/5 プッチーニの「トスカ」 ― 2023年08月05日 17:51
あこがれ inかなっく
プッチーニ「トスカ」(ハイライト)
日時:2023年8月5日(土) 14:00 開演
会場:かなっくホール
指揮:高橋 健介
出演:ソプラノ/嘉目 真木子(トスカ)
テノール/澤原 行正(カヴァラドッシ)
バリトン/大川 博(スカルピア)
バリトン/高倉 群(アンジェロッティ&従者)
ピアノ/寺本 佐和子
かなっくホールにおける「あこがれプロジェクト」(もとは呉市ではじまったオペラ公演)の2回目、昨年の「ドン・パスクアーレ」に次いで今年は「トスカ」。
このプロジェクトの中心人物であるテノールの澤原行正、ソプラノの嘉目真木子、バリトンの大川博が前回に引き続いて出演、指揮とピアノも変わらない。バリトンの高倉群が新たに参加している。
プッチーニの「トスカ」は人気のオペラ。満席ではなかったけど、珍しく若い女性たちが詰めかけ、観客の半数以上が女性客だった。
ナポレオン軍が欧州を席巻し、イタリアではローマ共和国が廃止され教皇国家が復活した頃。歌姫トスカと画家のカヴァラドッシは恋人同士。反体制派のカヴァラドッシは、前ローマ共和国統領アンジェロッティの逃亡を手助けする。警視総監のスカルピアは、逃亡幇助によりカヴァラドッシを捕らえる。アンジェロッティは捕り手に囲まれ自殺。悪漢スカルピアは、カヴァラドッシの助命を交換条件にしてトスカに言い寄る。追い詰められたトスカはスカルピアを刺し殺す。偽の銃殺刑のはずのカヴァラドッシは本当に処刑されてしまい、トスカは恋人を失い最後にはサン・タンジェロ城の屋上から身を投げる。主要な登場人物の全てが命を落としてしまうという大悲劇。
「トスカ」の筋書きは凄惨だが、アリアの美しさには抗えない。
第1幕の澤原行正が扮するカヴァラドッシのアリア「妙なる調和」は少し硬さが感じられたけど、悪漢スカルピアの「行け、トスカよ~テ・デウム」は盛り上がった。大川博の堂に入った歌で第1幕が終わる。第2幕のトスカのアリア「歌に生き、愛に生き」は嘉目真木子の絶唱、スカルピアとの二重唱も真に迫る。悪漢・大川博のアリアも圧倒的な迫力。第3幕の澤原行正の「星は光りぬ」は文句なし。若手の高倉群は一人で何役もこなした。落ち着いた所作とたしかな歌で応え将来が楽しみ。
ハイライト上演のため、一部カットがあり、複数の登場人物が省略されたり統合されたりしているものの、大筋はしっかり確保されていた。舞台装置、衣装などは簡便ながら演技はそのままオペラハウスで振舞っていいほどのもの。
あらためて「トスカ」のストーリーの緻密さに驚く。地のセリフはなくすべて音楽によって表現されるが、アリア、二重唱などの突き抜けた美しさもあって、自然と物語のなかへ引き込まれていく。やはり名作オペラである。
2023/4/12 周防亮介×Jpo弦楽五重奏 パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番 ― 2023年04月12日 20:21
みなとみらいランチタイムコンサート
周防亮介×日本フィルハーモニー交響楽団メンバー
日時:2023年4月12日(水) 15:00開演
会場:横浜みなとみらいホール 小ホール
出演:ヴァイオリン/周防 亮介
日フィルメンバーによる弦楽五重奏
ヴァイオリン/田野倉 雅秋、末廣 紗弓
ヴィオラ/小中澤 基道
チェロ/大澤 哲弥
コントラバス/宮坂 典幸
演目:シューベルト:弦楽五重奏曲 ハ長調
Op.163より 第1楽章
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調
Op.6(ヴァイオリンと弦楽五重奏)
以前、「18区コンサート」において、“オケをバックに演奏される協奏曲を、弦楽五重奏用に編曲された伴奏で聴く”というシリーズが企画された。今回は「みなとみらいホールランチタイムコンサート」のなかで、同じコンセプトでもってパガニーニを取り上げることになった。
パガニーニの「ヴァイオリン協奏曲第1番」は、オペラチックで素敵な曲なのに聴く機会を逃している。後にも先にもサルヴァトーレ・アッカルドの演奏一度のみ。
伴奏は基本ズンチャ・ズンチャで複雑なことはやっていない。室内楽編曲のバックであれば超絶技巧の独奏ヴァイオリンが一層楽しめるだろう、との目論見でチケットを手配した。
いまでこそクラシック音楽は、超絶技巧などといって一寸取り澄ましている。が、娯楽の少ない時代には、そんな綺麗ごとではなくて見世物や曲芸に人が集まるのと同じで、オペラにおけるカストラートや、器楽における特殊技法がもてはやされたのは物珍しさのためだった。カストラ―トのファリネッリや幼少のモーツァルト、ヴァイオリニストのパガニーニやピアニストのリストなどの人気も、今でいうアイドルを見聞きしたいという群衆心理の類だろう。現在だってそういった興味がまったく消え失せたわけではない。
パガニーニはその典型で、熱狂した観客は涙を流しながら喚き、集団ヒステリーを起こした女性たちの失神騒ぎは度々だった。このあたりの話は映画『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』にも描かれている。筋書きはありきたりで、映像も目新しいところがなかったけど、パガニーニを演じた実際のヴァイオリニストであるデビッド・ギャレットの演奏ぶりはさすが。音楽が流れる場面はなかなか迫力があった。
横道にそれた。今日の演奏会である。
先ずはJpoメンバーで構成された弦楽五重奏によるシューベルトのハ長調、彼の最期の年に書かれた格別な曲。この五重奏曲はSQにヴィオラを追加するのではなくチェロを追加してチェロが2という特殊なもの。今回はチェロを追加する代わりにコントラバスという編成。全曲となると1時間近くが必要となる。
オケメンバーで編成する四重奏や五重奏は、無難にまとまってしまう傾向にあるが、コンマスの求心力のせいか、普段からオケのなかで聴き合っているせいか、各楽器のバランスが良好で感心する。この第1楽章は、ミステリアスでありながら清澄、独特の浮遊感を感じる。adagio、scherzo、allegrettoと第2楽章以降も実演で聴いてみたくなる。
田野倉さんのお喋りを挟んでから、メインのパガニーニ。
周防亮介は初めて聴く。ここの小ホールの響きは素晴らしいし、楽器の1678年製ニコロ・アマティも名器だろう。でも、周防亮介の音がなにより魅力的。まさしくソリストの音、一聴して音色、音量が抜きん出ていることがわかる。高音は空気に吸い込まれ、低音は芯が太い。E線からG線までどこをとっても非常に滑らか。甘美な音に酔うほどだが、音離れがいいのか決してベタベタしない。
開始楽章のフラジオレットの繊細さ安定度にびっくり、重音も濁らない。鮮やかすぎるカデンツァに唖然とする。中間楽章はヴァイオリンの音で身体がとろけそうな錯覚に陥った。最終楽章のスピッカートも活き活きとしている。跳弓とはいうが何種類あるのだろう。ダブル・ハーモニクスも軽々と難なくこなしていく。ヴァイオリンは魔性の楽器だ。とにかく美しい。
目論見通り超絶技巧に圧倒されただけでなく、出来のいいオペラを楽しむかのように音楽を堪能した。
そういえば、シューベルトも家具を売って金を工面し、パガニーニを聴いている。しかし、シューベルトはパガニーニの超絶技巧に影響はされなかったようだ。自らの感情表現にはほど遠いと感じたのだろう。では、パガニーニは技巧だけの刹那の音楽なのか。いや、超絶した技巧そのものにパガニーニの情念が乗り移っている。だからこそ、数百年後まで生き延び、こうやって聴く者に快感だけではない、言い知れぬ感情を呼び起こす。
周防亮介のアンコールは、シュニトケの「ア・パガニーニ」、現代音楽というより未来から来た音楽のよう。これがまた端倪すべからざるもの、この先、周防亮介から目が離せない。
ランチタイムコンサートといいながら15時開演、実は先に11時半開演の同一プログラムがあった。本来のランチタイムコンサートは大ホールで11時半に開催される。今日だけ会場が小ホールのため、2回開催となった由。
2023/3/30 カメラータかなっく 「グレイト」 ― 2023年03月30日 16:28
ランチタイムコンサート「音楽史の旅」
⑥室内オーケストラによるバッハとシューベルト
日時:2023年3月30日(木) 11:00開演
会場:かなっくホール
出演:カメラータかなっく
演目:バッハ/管弦楽組曲第3番 ニ長調より
「G線上のアリア」
シューベルト/交響曲第8番 ハ長調
D.944「グレイト」
年度最後のランチタイムコンサート、前期はバッハ、後期はシューベルトを取り上げ、今日は室内オケによる大曲「グレイト」。「グレイト」の前には弦楽合奏版の「G線上のアリア」というプログラム。
カメラータかなっくは、神奈川フィルの篠崎史門を中心に、若手演奏家で編成したホール専属の室内オーケストラ。
オケの編成は8-6-4-3-2の弦、管は2本ずつ(トロンボーンのみ3)、ティンパニ1の計40人弱だが、客数300席の容積だから十分すぎるくらい。指揮者なしで、コンマスの川又明日香がリードし、ティンパニの篠崎史門がしんがりをつとめる。
奏者たちは、みな見るからに若い。躊躇うことなく思い切りよく、ちょうど奏者たちの年頃に書かれたシンフォニーを力強く演奏した。
シューベルトらしい明と暗を行き来する旋律、激しい転調、繰り返される同音連打、全体としては快活で堂々とした進行だけど一筋縄ではいかない。突然の切り替わりが頻繁に訪れる。オーボエ、クラリネット、トロンボーンなどが踏ん張って、天才の作品をものの見事に再現した。熱がこもっていながら衒いのない爽やかな演奏だった。
2023/2/4 カシオペイアSQ 「死と乙女」「ハイドンセット第2番」 ― 2023年02月04日 19:28
かなっくクラシック音楽部 フロイデコンサート
日時:2023年2月4日(土) 14:00開演
会場:かなっくホール
出演:カシオペイア・クァルテット
ヴァイオリン/渡辺 美穂
ヴァイオリン/ビルマン 聡平
ヴィオラ/村松 龍
チェロ/弘田 徹
演目:シューベルト/弦楽四重奏曲 第14番ニ短調
「死と乙女」D.810
モーツァルト/弦楽四重奏曲のためのアダージョと
フーガ ハ短調 K.546
モーツァルト/弦楽四重奏曲 第15番ニ短調 K.421
先月に続いて東神奈川駅へ。プログラムの3曲はいずれも短調で書かれた弦楽四重奏曲、真冬に似つかわしい作品ということか。
演奏するカシオペイアSQは、かなっくホール専属の弦楽四重奏団。Vn1の渡辺さんは元大阪フィルのコンマス、Vn2の聡平さんとVcの弘田さんは新日フィルのメンバー、Vaの村松さんはN響団員である。
1曲目は、シューベルトの「弦楽四重奏曲 第14番」ニ短調、「死と乙女」の標題で有名。シューベルト27歳、不治の病を発病した頃、困窮した生活のなかで作曲されたという。
第1楽章、冒頭の主題は運命動機のよう。主題が徹底的に彫琢される様子もベートーヴェンに学んだ構築性を感じる。そのなかにシューベルトの歌が顔を出し、シューベルトらしい目まぐるしい転調を繰り返す。第2楽章は変奏曲、主題は歌曲「死と乙女」のピアノ前奏からの引用、5つの変奏とコーダで構成される。悲しみをたたえた主題が静かに始まる、弘田さんのチェロのピチカートのうえを渡辺さんのヴァイオリンが繊細に歌う。聡平さんと村松さんの内声部が3連符で応える。主役がチェロに移って豊かな調べを奏で、全員で悲しみに抗うような力強いリズムを刻む。変奏を重ねるごとに痛切の度合が増して行く。もうこれはシューベルトしか書けない音楽。3楽章はスケルツオ、過激な舞曲、トリオではカシオペイアSQが柔らかく美しく歌う。しかし、優しさは一瞬、ふたたび激しい舞曲が戻ってくる。4楽章はプレスト、オクターブのユニゾンで始まる。執拗なリズムが疾走する。後半、コラールのように光が差し込み、高揚したあとテンポを速め力強く終わった。
休憩後、モーツァルトの「アダージョとフーガ」。
ゆったりとした速度で、悲劇性と静けさとが交叉するアダージョが不安な音色をおびる。続く規則的なフーガの動きは、救い主が現れたように感じる。無駄な音がひとつもない。楽器間の音の受け渡し、楽器の重ね合わせに無理がない。不思議な曲である。
3曲目は、モーツァルトの「弦楽四重奏曲 第15番」、「ハイドンセット」と呼ばれる6曲のうちの2番目。「死と乙女」との組み合わせは意図をもっての選曲だろう、同じニ短調、そして、同じ27歳、シューベルトは2楽章に、モーツァルトは最終楽章に変奏曲をおいた。
この曲の演奏前に、カシオペイアSQを牽引する弘田さんから話があった。彼によれば、「短調ばかりの曲を企画したが、最後は長調で終えたかったからK.421を選んだ」と、あっけない一言。
第1楽章、ひっそりとした第1主題が歌われ、長調の第2主題が出てくるが不安気なまま、メランコリックでほの暗い諦念を感じる。第2楽章、長調が支配するものの中間部は短調となり、慟哭するような激しい表情をみせる。第3楽章、メヌエットでありながら沈み込むよう。トリオはピチカートの伴奏にのってヴァイオリンが飛翔する。重い雰囲気のこの曲に一瞬の安らぎが訪れる。第4楽章、シチリアーナ風に始まる4つの変奏曲。次々と装飾が施され盛り上がって行く。後半,ちょっと気分が変わって飛び跳ねるような曲想となり、最後は、ほんの少しだけ明るさを見せるように、弘田さんが言う長調の主和音に転調して全曲が閉じられた。
カシオペイアSQのアンコール曲は、念押しのように、短調に対する長調。16歳のモーツァルト「ディヴェルティメント ニ長調 K.136」の第1楽章を選んでくれた。
2023/1/26 大山大輔 シューベルトの歌曲 ― 2023年01月26日 15:08
ランチタイムコンサート「音楽史の旅」
⑤シューベルトの歌曲
日時:2023年1月26日(木) 11:00開演
会場:かなっくホール
出演:バリトン/大山 大輔
ピアノ/宇根 美沙惠
解説/飯田 有抄
演目:白鳥の歌 D.957より「セレナーデ」
冬の旅 D.911より「おやすみ」「菩提樹」
野ばら D.257
楽に寄す D.547
4つの即興曲集 D.935より第2番変イ長調
魔王 D.328
シューベルトの初期、中期、後期における代表的なリートを集めたコンサート。といってもシューベルトは30歳そこそこまでしか生きられなかったから、この区分けに意味があるのかどうか分からないけど。
大山大輔は、一昨年、同じかなっくホールに登場し、中江早希と一緒にモーツァルトで楽しませてくれた。それより前には、野田秀樹の演出、井上道義が指揮した「フィガロの結婚」のフィガ郎(フィガロ)役が、なかなか素敵だった。
今日最初は、遺作の歌曲集「白鳥の歌」より「セレナーデ」。「白鳥の歌」はシューベルトが亡くなったあと、遺された14の歌曲を兄たちがまとめて出版したもの。「セレナーデ」はその4曲目、レルシュタープの詩に基づく。恋する人への切々たる想いを大山さんが表現力豊かに歌った。
恋に敗れ冬の夜に独り彷徨い歩く若者の荒涼たる心の景色を描いたのが、ミュラーの詩に基づいた「冬の旅」。作曲の年には、敬愛するベートーヴェンが没し、作詞のミュラーも33歳の若さで夭折、翌年には作曲者自身が31歳の生涯を終える。シューベルトは死の床にあってまでこの連作歌曲集を校正していたという。
第1曲目の「おやすみ」。失恋した若者が雪に閉ざされた冬の真夜中に旅立つ。よそ者として町にやって来て、またよそ者として去って行く。第5曲が「菩提樹」。枝が風にざわめき“ここがお前のやすらぎの場所だ”と囁く。死への誘惑を振り切り、菩提樹をあとにする。けれど、あのざわめきが聞こえる、誘惑の声がなおも耳の底で鳴っている。
宇根さんのピアノが風景描写をするのだけれど、それは大山さんが歌う主人公の心象を映した景色、絶望の目でみた風景。シューベルトが書いた細かいピアノの動きとモノローグのような歌とが相乗され、いっそう涙をさそう。
「野ばら」はゲーテの詩につけた曲。シューベルト18歳の作品、多分もっとも親しまれている歌曲。“童はみたり 野なかの薔薇…”で知られている。詩全体をよくよく見渡すと意味深ではあるが。大山さんは、ここで突然少年になったような軽やかさ。中学校の唱歌の時間が蘇ってきた。
「楽に寄す」は堀内敬三の訳詞で有名。最近は「音楽に寄せて」とも。親友であるショーバーの詩に作曲したもの。“荒々しい人生において、音楽が私の心に温かな愛の光を灯し、素晴らしい世界へと連れて行ってくれた”と歌う。小ホールでのプロ歌手の声量は余裕十分。その分、音色を繊細に変化させることができるし、感情の投入も容易になる。大山さんのゆったりした余力を残した声が響きわたる。
以上で歌は一旦小休止。飯田さんと出演者との間でお話を少々。そのあと、宇根さんのピアノ独奏でD.935の即興曲集より第2番。4分の3拍子の舞踏風な曲で場面転換。
最後は「魔王」。「野ばら」と並ぶ初期の傑作で、テキストも同じくゲーテ。原詩についてはゲーテのことだから「野ばら」も「魔王」も多様な解釈がなされ喧しい。
それはさておき、曲自体は疾駆する馬、子供を狙う魔王、恐れおののく子供、無力な父親を並置して極めてドラマチック。仮に魔王を自然の脅威と捉えれば、所詮、抗うことはできず、理解することもできない、人智を超えたものへの恐怖が曲を通して忍び寄る。
大山さんの歌はまさに対話劇のよう。一幕物の歌芝居が終わって、予定の時間となった。