2022/1/15 高関健×シティフィル ブリテン・ラロ・メンデルスゾーン ― 2022年01月15日 21:01
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 第348回定期演奏会
日時:2022年1月15日(土) 14:00 開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
指揮:高関 健
共演:ヴァイオリン/戸澤 采紀
演目:ブリテン/歌劇「ピーター・グライムズ」より
4つの海の間奏曲
ラロ/スペイン交響曲 二短調 作品21
メンデルスゾーン/交響曲第3番 イ短調 作品56
「スコットランド」
20世紀末までは、子正月の今日15日が「成人の日」と定められていた。その後、三連休をつくるため月曜日に祝日が移動した。現在では1月の第2月曜日が「成人の日」、今年はすでに終わった。
「成人の日」に限らないが祝日の移動は本来の意味が薄れる。余暇の拡大、景気対策などを意図するなら、祝日の移動より別途その名目で三連休などを設けるほうがいいような気がする。もっとも、休みが多すぎるといった意見はあるし、今のように身動きがとれない事態が続いているようでは、連休も何もあったものではないけど。
さて、新年最初の演奏会は、高関健×シティフィルとなった。
プログラムの両端に英国関連の、それも海つながりの音楽を置き、真ん中にヴァイオリン協奏曲という3曲構成である。
1曲目はブリテンの「4つの海の間奏曲」。
オペラ「ピーター・グライムズ」の幕間音楽を再構成したもので、必ずしも舞台の進行通りとは違う。「夜明け」「日曜の朝」「月光」「嵐」と並ぶ。間奏曲の一つひとつは、いずれもわずか3、4分なのだけど、通して聴くと巧みな自然描写もあり、まるで交響詩を聴いているよう。「夜明け」は広大な海から朝日が昇る、高音のヴァイオリンとフルートにハープが絡む主題は厳しい北の海。「日曜の朝」はスケルツォ、木管楽器がしきりにスタッカートするなか、金管のコラール、鐘の音が響く。「月光」は緩徐楽章、低弦とバスーンが主導する弔いの音楽、フルートとハープは月の光か。「嵐」は冒頭からティンパニの連打、全楽器で描き出す凶暴な海の嵐。
あいかわらず高関さんは丁寧でがっしりした音作り、それに応えるシティフィルは分厚く重量感たっぷり。「ピーター・グライムズ」の悲劇がいっそう強調される。ただ、オペラシティホールは、音量の増大に伴い音が飽和気味になって(席の関係かも)、解像度が落ちるのが残念。
ブリテン、メシアン、ショスタコーヴィチは、多分、現代音楽のなかで後世まで残るであろう作家。と言っても現代音楽の定義や範疇は曖昧だから、作品を年代で区切り第二次大戦以降としておく。ほかの有象無象の無調音楽、前衛音楽を書いた作家たちは、書物の片隅には残るかも知れないが、音楽としては跡形もなくなっているだろう。なんの、壮大な実験だった、と思えば惜しむ必要はない。
2曲目はラロ。
ラロといえば「スペイン交響曲」。「チェロ協奏曲」「イスの王様(序曲)」なども稀に演目にのるが、50歳を越えてから書いたこの「スペイン交響曲」だけは今日でも普通に演奏される。たとえ1曲でも150年も聴き続けられている。偉大なことだ。先の話のつながりでいえば100年後、現代の作家のなかで何人がラロに匹敵することができようか、それこそ死屍累々といった光景が目に浮かぶ。
「スペイン交響曲」は交響曲という名のヴァイオリン協奏曲。5楽章構成。初演した名手サラサーテに捧げられている。「スペイン交響曲」の初演の1カ月後にビゼーの「カルメン」が上演されている。そのあともシャブリエ、ラヴェル、ドビュッシーなどによるスペイン風の作品が続く。「スペイン交響曲」はパリにおけるスペインブームの嚆矢でもあった。さらに、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」が「スペイン交響曲」に触発されてつくられたことは有名な話。
ソリストは戸澤采紀。まだ二十歳そこそこ、成人になったかならないかという年頃。見かけも小柄。これで線が細いと「スペイン交響曲」は厳しい、と懸念したが、とんでもない。音量は溢れるほど、音色も低音から高音まで潤いがあって、歌いまわしも間合いも余裕を持った堂々たるもの。
冒頭いきなり「ダンダン,ダー,ダダダ,ダーン」とオケが力強いモチーフで開始したあと、ヴァイオリンの導入部でまずもって惹きつけられた。2楽章は3部形式、スペインの民族舞踊のような趣、引きずるようなリズムも見事。3楽章、間奏曲、ヴァイオリンが物憂げで悲哀を漂わせる、G線の音がほんとに豊潤、ここでついに落涙。4楽章、緩徐楽章、哀愁をおびた荘厳で甘美な世界をじっくりと歌う。5楽章、飛び跳ねるような楽想、オケはほとんど沈黙、独奏ヴァイオリンが名人芸を披露、戸澤さんの一人舞台。
いやビックリした。戸澤采紀さんは、シティフィルのコンマスの戸澤哲夫さんの愛娘、親子共演というおまけまでついた。今日の演奏会の最大の収穫は、この戸澤采紀さん、この先が楽しみだ。
3曲目がメンデルスゾーン。
「スコットランド」は3番となっているがこれは出版順。出版が遅れた4番「イタリア」、5番「宗教改革」のほうが早く仕上がっている。「スコットランド」を構想したのは「イタリア」「宗教改革」より早かったようだが、速筆のメンデルスゾーンがめずらしく完成まで10年以上かけた。彼の最後の交響曲。
「スコットランド」は、暗鬱な北の海をイメージしたということだけではない。着想を得たのは、スコットランド女王メアリー・ステュアートが居城としたホリールード宮殿、そこで最初の楽想が書き留められている。
メアリーは凄惨な運命に翻弄され、最期は陰謀と暗殺の首謀者としてエリザベス1世の命により刑死している。メアリーとエリザベスの話は何度も映画になっている。最新の映画は2018年、アメリカ・イギリス合作の『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』。
当然、メンデルスゾーンはその史実からインスパイアーされている。そのためもあってか音楽は全編にわたって陰鬱で暗く重い。その意味では、シティフィルの音色はこの曲に相応しい。あまりにも重すぎるきらいはあるけど。
面白いのは終楽章、コーダに至って、唐突にイ長調の讃歌が出現する。それが不自然だという人もいる。短調のまま終えるのがメンデルゾーンの本意ではなかったかと。たとえば指揮者クレンペラーは最晩年、2度目のステレオ録音(1969年 バイエルン放送交響楽団とのライブ)のとき、問題のイ長調部分をカットし、イ短調で終わらせるという大胆な改変を行っている。
一方で、着手して10年以上の時を経た交響曲である。年齢を重ねるにつれ暗いまま終わらせたくないというメンデルスゾーンの心境の変化が反映されたのかも知れない。さらには、メンデルスゾーンはこの交響曲を英国のヴィクトリア女王に献呈している。終楽章の突然の讃歌は、彼が愛したであろう英国の弥栄と王室への敬愛をこめたものではなかったかと解釈する人もいる。
さすが高関さんは、ここのコーダをじっくりと聴かせた。アッチェレランドをかけるという軽薄なことはしない。いっそう重心を落としテンポに細心の注意を払って、悲劇を越えたあとの讃歌を存分に奏でた。
事実、メアリー・ステュアートの子ジェームスは、スコットランド王として即位するとともにイングランドの王位を継いだ。グレートブリテン王国の端緒である。もう一人の女王エリザベス1世は子を残さなかった。メアリーの血は連綿と続いて行く。この後の英国王はすべてメアリーの直系子孫である。