2025/11/30 音大オケ・フェス チャイコフスキー、マーラー、ベルリオーズ ― 2025年12月01日 14:58
第16回音楽大学オーケストラ・フェスティバル2025
武蔵野音大・東京音大・洗足音大
日時:2025年11月30日(日) 15:00 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:武蔵野音楽大学(指揮/原田慶太楼)
東京音楽大学(指揮/松井慶太)
洗足学園音楽大学(指揮/下野竜也)
演目:チャイコフスキー/交響曲第4番ヘ短調(武蔵野)
マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」(東京)
ベルリオーズ/幻想交響曲(洗足)
月が替わって12月になってしまったが、昨日、毎年恒例の音大オケ・フェスの2日目を聴いた。初日の東京芸術劇場はパスしたが、来週のミューザ川崎の最終日は聴く予定である。
原田慶太楼×武蔵野音大のチャイコフスキーでスタート。
全楽章をアタッカでつなげ激烈で火が燃え上がるような演奏。最大限の緩急と強弱、スピードは違反レベル、音量は限度一杯、やりたい放題と形容していいほど。学生オケだからこそ可能となった演奏だろう。プロオケだったら楽団員から顰蹙を買いそう。もっともチャイコフスキーの交響曲だから許容範囲というべきか。とまれ原田の外連味たっぷりの曲芸的な解釈に武蔵野音大はよく食らいついて行った。
原田慶太楼は現在東響の正指揮者だけどノットと同様今シーズン限りで退任する。コロナ禍のとき来日不能となった海外指揮者の代役として全国各地のオケを振って話題となった。当時はまさに八面六臂の活躍でオケの事務局からは頼りにされていたに違いない。東響を退任したあとは愛知室内オーケストラの首席客演指揮者やアメリカにおける音楽監督の活動が中心となりそうだが、引き続き各地のオケを指揮してくれるはず。来シーズンは神奈川フィルの定期にも登場する。
次いで、松井慶太が東京音大を振ったマーラー。
松井はこの夏にアマオケのシベリウスとベートーヴェンを聴いていたく感心した。この音大オケ・フェスでの公演を楽しみにしていて、結果は期待を遥かに上回った。全体の雰囲気は穏やかで大声で叫ぶことはないものの。ひとつひとつの音に神経が行き届き、それぞれの音が各楽章の核心に向かって行く。そして、必然であるかのように曲全体の頂点へ収斂し解放される。マーラーの心の奥底、感情の揺らぎが聴き取れるようだった。第1楽章の副題でいう「春、終わりのない」の鳥のさえずり、第2楽章のロットからの引用、第3楽章の葬送行進曲と突然の民謡風の調べ、終楽章の騒擾と静寂、いずれもこれ以上ない理想的というべき演奏だった。
編成は管楽器が4管、打楽器も多分最終稿通りなのに、第1ヴァイオリンは10人しかいなかった。チェロ、コントラバスは増強されているものの、ヴァイオリンはセカンドを含めても明らかに不足している。楽器のバランスが難しいのではと危惧したが無用な心配だった。最初から最後まで崩れることなく均衡を維持し全く気にならなかった。終演後、聴衆の何人かがスタンディングオベーションで称えていたがさもありなん、入魂のマーラーだった。
松井の指揮姿は武骨で不器用といえるほどだが、つくりだす音楽は広上や川瀬より汐澤の衣鉢を継いでいるように思える。汐澤や飯守の亡きあとの指揮者を見つけ出したかも知れない。今のところ首都圏のプロオケを振ることが少ないが、とりあえずパーマネント・コンダクターを務めるOEKの東京公演のチケットを取りたい。
最後は下野×洗足音大のベルリオーズ。
休憩を挟んだものの松井慶太×東京音大の余波で第1楽章は呆然としたまま通り過ぎてしまった。ぼんやりしたまま全曲が終わるのかと懸念したがとんでもない。下野はもともと誠実な音楽家で、毎回大きく失望したことはないが、この「幻想交響曲」でも楽譜に隠れている思いがけない音を引き出して微笑させ、楽章を追うごとに熱量をあげ迫真の演奏を繰り広げた。
とくに第3楽章の「野の風景」をきっかけにして、「断頭台への行進」「魔女の夜宴の夢」における狂乱ぶり、奇怪さは下野の別の一面をみたかのよう。それでいて細部まで統制は行き届き、圧倒的なクライマックスを築いた。洗足音大はずっと秋山さんの指導あってのオケであったが、よき後継者を得たようだ。
演奏会は3時に開始された。普通ならメインプログラムとなる1時間近い作品を3曲並べ、それぞれの楽曲の前には共演校からエールをこめたファンファーレが演奏された。楽曲の間には20分間の休憩が置かれ、終了したのは大方7時だった。4時間もホールにいた勘定になる。
3校の共演はさすがに辛い。毎年、年齢が加算され疲れも酷くなる。来年はプログラムノートの記載によると昔のように2校ずつ4日間の日程となっている。この改善は大歓迎である。