ブーニン2026年03月02日 17:05



『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』

製作:2026年 NHKエンタープライズ/KADOKAWA
監督:中嶋 梓
総合プロデューサー:小堺 正記
音楽監修:スタニスラフ・ブーニン
出演:スタニスラフ・ブーニン、中島ブーニン榮子
   小山実稚恵、ジャン=マルク・ルイサダ


 ブーニンはもちろん知っている。10代でショパンコンクールを制し、日本でも一大ブームを巻き起こした。でも、それ以外に何を知っている? 亡命、日本人の伴侶、病、沈黙、リハビリ、復帰…彼の半世紀にわたる軌跡について何も知らなかった。

 もともと室内楽をほとんど聴かないのだから器楽曲のコンサートなどほぼ縁がない。ブーニンの生演奏にも出向いたことがなかった。その彼の日本でつくられたドキュメンタリーである。
 映画は「天才」「苦悩」「試練」「亡命者」の4楽章構成。過去の出来事は主にNHKのアーカイブが使われている。演奏シーンも多く挿入されフィルムコンサートのようでもある。

 導入は八ヶ岳高原音楽堂におけるバッハの「平均律」ではじまる。
 ブーニンは1966年モスクワに生まれ、1985年第11回ショパンコンクールに優勝。フィルムで聴く「猫のワルツ」の快速演奏にびっくりする。その時の入賞者である小山実稚恵とジャン=マルク・ルイサダがブーニンについての思い出を語る。
 来日コンサートでは武道館でも演奏した。今では考えられないことだけどビートルズ並みである。1988年には冷戦下のソ連から西ドイツに亡命し活躍を続けたが、2013年に突然演奏活動を中止する。左手の麻痺、糖尿病、骨折から壊疽を起こし左足を8cm切断という苦難に見舞われる。リハビリを経て2022年の八ヶ岳高原音楽堂でのリサイタルで復帰する。
 映画は20世紀の終わりから21世紀の初頭にかけてのブーニン最盛期には触れず、苦難からリハビリ、そして復帰への道のりを妻榮子の支えとともに描く。その間、ブーニンを敬愛する桑原志織や反田恭平、亀井聖矢のインタビューなどが挟まれ、2025年12月のサントリーホールでの演奏会が長時間収録されている。
 ドキュメンタリーの終わりには2026年1月の東京芸術劇場における「日本デビュー40周年記念コンサート」でのアンコール曲が流れる。NHK交響楽団メンバーによる室内合奏団との共演でバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」だった。

 カムバックしたブーニンは完全に障害が癒えたわけでなく、ダイナミクスやスピードなどは「猫のワルツ」のときの超絶技巧と比べるまでもない。しかし、今の身体や技術で表現しようとする朴訥とした抑揚と歌そして意思は、失ってしまった力感や輝かしさを補っているように思えた。音楽には技術を超えて訴えてくる何かがたしかにある。ブーニンは長身痩躯、貴公子然とし眼光は鋭い。復帰後のピアノはFazioliを使っていた。

2026/2/13 トッパン・ランチタイムコンサート シューマン「ピアノ四重奏曲」2026年02月13日 16:34



ランチタイムコンサート Vol.138 特別企画
  1909年製ベーゼンドルファーの息吹 II

日時:2026年2月13日(金) 12:15 開演
会場:トッパンホール
出演:ピアノ/佐藤 麻理
   ヴァイオリン/瀧村 依里
   ヴィオラ/田原 綾子
   チェロ/築地 杏里
演目:マーラー/ピアノ四重奏曲断章 イ短調
   シューマン/ピアノ四重奏曲 変ホ長調Op.47


 トッパンホール・ランチタイムコンサートの特別企画。副題にある“ベーゼンドルファー”とはフランツ・リストへの敬愛をこめて「リスト・フリューゲル」の愛称で親しまれていたモデル250のこと。通常のモダンピアノよりも4鍵盤拡張された92鍵で、ウィーン国立歌劇場内のリハーサル室で使用されていたという。日本へは2012年頃輸入されたものらしい。このピアノを用いてピアノ四重奏曲を2曲披露してくれた。

 12時20分になって背丈がほぼ同じ4人の女神がにこやかに登場した。このなかで田原綾子は何度も聴いたことがある。田原は一番の笑顔で挨拶、演奏中も目立つほど身体を揺らし表情も豊かであった。
 最初はマーラーの若書きの断章。ウィーン音楽院在籍中の16歳のときの習作で第1楽章のみが残され、マーラーの室内楽曲では現存する唯一の作品。この断章はディカプリオ主演の映画『シャッター・アイランド』のなかで使われ、「これはブラームスか」「いや、マーラーだ」という印象的な会話が交わされていた。
 開始はピアノがテーマの断片を奏でる。ピアノは深く重い低音、柔らかな中音、キンキンしない上品な高音と、全体に重厚でしっとりとした響きを聴かせる。ピアノを弾いた佐藤麻理はウィーン国立音大の講師を務めているという。ピアノに次いで弦楽器が加わりながら全体を形成していく。弦楽器は圧倒的にヴァイオリンが優位で、とくにコーダのカデンツァでは暗く耽美的な楽想を歌い、悲劇を予感させるように終わる。ヴァイオリンの瀧村依里は読響の首席奏者。
 なるほど、この曲は若さが溢れるというよりは内省的で、ピアノの伴奏の上を弦楽器が呟いているよう。たしかに、何も知らずに聴かされたら「マーラーだ」と答えることは難しく、やはり「ブラームスか?」と尋ねることになりそうだ。

 2曲目はシューマン。シューマンの室内楽曲というと「ピアノ五重奏曲」しか知らない唐変木だが、この「ピアノ四重奏曲」は「弦楽四重奏曲」「ピアノ五重奏曲」に続いて「室内楽の年」の最後に書かれた。因みにプログラムノートによればシューマンの作品を辿ると1840年が「歌曲の年」、41年が「交響曲の年」、42年が「室内楽の年」だという。
 第1楽章は序奏付きで、主題が提起されそのあとアレグロの快活な音楽が展開する。第2楽章は無窮動的なスタッカートで緊張感が漂う。とくにチェロのパッセージは見た目にも軽業のよう。チェロの築地杏里はクァルテット・インテグラにいてミュンヘンやバルトークなどのコンクールで名を馳せたあと、今はフリーランスの奏者として活躍している。第3楽章は感動的なアンダンテ・カンタービレ、幸せに満ちた過去や現在を各楽器が奏でていく。とりわけ田原のヴィオラの旋律に聴き惚れる。エンディングの手前ではチェロが弦を低く調弦し直すという見所があり、調弦後のチェロの持続音が耳に残る。第4楽章は明るいフガートから始まる活き活きとした音楽。4人の女神それぞれの創意工夫のフガートが興奮を高め華麗なコーダで幕が閉じられた。
 ひょっとしたらシューマンは楽器が積み重なる交響曲より、楽器が制約された室内楽や歌曲のほうがより楽しめる作曲家なのかも知れない。

アバター32026年01月28日 17:21



『アバター ファイヤー・アンド・アッシュ』

原題:Avatar: Fire and Ash
製作:2025年 アメリカ
監督:ジェームズ・キャメロン
脚本:ジェームズ・キャメロン
   アマンダ・シルバー 他
音楽:サイモン・フラングレン
出演:サム・ワーシントン、シガニー・ウィーバー、
   ゾーイ・サルダナ、ケイト・ウィンスレット


 前作の『アバター2』のあと、これは第1作だけを観れば十分、と思ったけど、新作の評判が良さそうなので、公開されて1カ月以上も様子見したあと、性懲りもなく観に行くことにした。

 惑星パンドラにおける獰猛な侵略者である人間たちスカイ・ピープルと、原住民ナヴィたちとの戦闘を、両者のハイブリッド・クローンであるアバターを主人公にして描く。そのプロットはもちろん前2作と同様である。
 今回はナヴィでありながらパンドラの支配を目論むアッシュ族が人間たちと手を組み、アバターであるジェイク(サム・ワーシントン)やその妻ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)、家族たちを襲う。
 悪役となるアッシュ族のリーダーであるヴァランはウーナ・チャップリンが演じている。ウーナはチャールズ・チャップリンを祖父に持つスペインの女優で、荒々しくもエネルギーに満ちた演技で際立っていた。

 この映画の映像技法はやはり最先端を突っ走っており、驚くばかりの画像、驚愕の造形ではあるものの、物語としては繰返しのようで目新しさがない。シリーズを製作するにあたって監督のジェームズ・キャメロンは何を訴えたいのか、シリーズとしての必然性がもうひとつ伝わってこない。
 ルーカスが製作した『スター・ウォーズ』は同じくSFのシリーズものだが、少なくとも1~6作はスカイウォーカー家の親子を中心に物語が紡がれ、それにアクションが掛け合わされ、サーガとして壮大に拡張していく。
 『アバター』シリーズでも家族の葛藤などは織り込まれているけど、ストーリーそのものは起伏と意外性に乏しくエピソードの積み重ねに過ぎない。メインは美麗な画像と派手な活劇であり、観客もそこに注意を集中させられる。観るべきはキャプチャー技術とCGで精緻に描画した濃密な映像世界となってしまう。

 『アバター』は5部作として予定されているが、3作まで観た限りでは物語が徐々に成長・発展していく長大なサーガという感じを受けない。音楽でいうならば多楽章構成の交響曲というよりは華麗な変奏曲のようなものだ。
 この筋書きで3時間半の上映時間は長い。半分の時間、いやせめて3分の2の、2時間で収まっていれば、もっと凝縮した感動が得られたのではないかと思う。

2025/11/9 デュトワ×N響 メシアンとホルスト「惑星」2025年11月09日 21:30



NHK交響楽団 第2048回 定期公演 Aプログラム

日時:2025年11月9日(日) 14:00 開演
会場:NHKホール
指揮:シャルル・デュトワ
共演:ピアノ/小菅 優
   オンド・マルトノ/大矢 素子
   女声合唱/東京オペラシンガーズ
演目:メシアン/神の現存の3つの小典礼
   ホルスト/組曲「惑星」作品32


 デュトワがN響定期に戻ってきた。昨年、NHK音楽祭へ出演したのは定期演奏会への地ならしだったようだ。N響の名誉音楽監督であり、20年ほど前に監督を退任したあとも毎年のようにN響を振っていた。が、セクハラ疑惑(告発記事があり本人は否定)によってN響との関係がおかしくなった。
 この騒動に対する日本のオケはどちらかというと鷹揚で、SKOや大阪フィル、新日フィル、九響などはデュトワを招いて彼の名誉回復に力添えしたようなところがあった。しかし、N響は役所体質が色濃いからひょっとしたらこのままか、と思ったけど、再び定期演奏会を任せることになった。デュトワはもう89歳、年齢から言っても嫌疑そのものが信じがたいが、真偽はさておき8年ぶりのN響定期復帰は目出度いかぎりである。

 前半はメシアンの「神の現存の3つの小典礼」。第二次世界大戦中に書かれ、戦後に初演された宗教曲。30人ほどの弦楽合奏とチェレスタやヴィブラフォン、タムタム、マラカスなどの鍵盤・打楽器、女声合唱にピアノとオンド・マルトノのソロが参加する。
 東京オペラシンガーズによる無調風の女声合唱と小菅優のピアノがとけあって美しい。大矢素子のオンド・マルトノも効果的でいかにもメシアンらしい。デュトワは多彩な響きと巧みなリズム処理で30分強の演奏時間を飽きさせない。息遣いは繊細で宗教音楽がむやみやたらに肥大することがない。それでいてスケール感に物足りなさはなく、各楽章の終盤での休止の間合いや緩急によって心憎いほどの頂点をつくり上げた。
 メシアンによれば全3楽章において神の存在の異なる側面を描いたのだというが、厳密な宗教曲として捉われる必要はないように思う。各楽章ごとに独特の旋律やリズム、色彩感があり、メシアンらしい響きのなか鳥の声が聴こえたり、ガムランが鳴ったり、「トゥランガリーラ交響曲」を連想させたりもした。

 後半は第一次世界大戦の最中に書かれたホルストの「惑星」。太陽系の地球を除く7つの惑星が扱われる。ホルストは惑星にかかわる占星術やローマ神話についても詳しく調べたうえで作曲したようだ。
 勇壮な第1曲「火星(戦争の神)」、緩徐楽章にあたる第2曲「金星(平和の神)」、スケルツォ風の第3曲「水星(翼を持った使いの神)」、組曲の中心ともいうべき第4曲「木星(快楽の神)」、壮大でゆったりとした第5曲「土星(老年の神)」、再度スケルツォ風の第6曲「天王星(魔術の神)」、女声合唱がヴォカリーズで加わる神秘的な第7曲「海王星(神秘の神)」からなる。曲順は必ずしも太陽からの遠近順ではない。
 ホルストのオケが持つ様々な楽器を活かした管弦楽法は、ワーグナーやR.シュトラウスに倣ったものだろう。感情を深く揺さぶる類の音楽ではないし、心の襞に分け入るような深刻な作品でもない。優れた音響、旋律、リズムなどによって興奮度を高めていく。昔はダイナミックレンジや音の分離、楽器音の再現性などオーディオチェック用の音源としても用いられたくらい。管弦楽技法の集大成といえる曲である。そして、ワーグナーやR.シュトラウスと同様、後年の映画音楽に大きな影響を与えた。実際、過去にはホルスト財団がハンス・ジマーを著作権侵害で訴えているし、ジョン・ウィリアムズの『Star Wars』だってホルストを抜きにしては考えられない。こうしてクラシック音楽は、第一大戦を境に映画音楽の中へと溶解していくことになる。
 デュトワはそのホルスト「惑星」を品格ある音楽として聴かせてくれた。変化に富んだ各曲を見事に描き分けた。雄弁で力強くキレがあり滑らかなクレッシェンドは迫力満点。各楽器の点描にも狂いがない。相手がN響のせいか重心は低く、強靭な低弦が刻まれるなかしっかりと旋律が歌われる。金管が伸びやかに吹奏し、木管が絶妙にコントロールされ、打楽器の打ち込みとともに音楽の規模が悠々と広がっていく。「惑星」がこんなに格調高く奏でられることは滅多にない。
 デュトワの身のこなしや歩く姿は軽快そのもの、指揮ぶりはしなやかで溌剌としている。とても90歳になろうとする人には見えない。数年前の新日フィルを振ったとき、いや、20年前のN響の監督のときと比べても歳を取ったとは思えないほどだ。恐るべき老人である。

2025/11/2 広上淳一×N響 魅惑の映画音楽2025年11月02日 21:56

 

N響 オーチャド定期 第134回

日時:2025年11月2日(日) 15:30 開演
会場:オーチャードホール
指揮:広上 淳一
共演:ピアノ/小林 海都
演目:伊福部 昭/SF交響ファンタジー 第1番
   モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番 ハ長調K.467
   ラヴェル/ボレロ
   ファリャ/「三角帽子」第1番、第2番


 オーチャードホールは久方ぶり。バッティストーニ×東フィルの「トゥーランドット」以来。オーチャードホールでは東フィルとN響の定期演奏会を開催しているがあまり縁がない。今日はそのN響定期。映画で使われたクラシック音楽や映画音楽として作曲された「名画を彩るクラシック音楽」シリーズである。

 伊福部の「SF交響ファンタジー 第1番」からスタート。広上のテンポは遅く極めて重厚なつくり。途中のマーチなどはもう少し軽快なほうが好み。N響の弦は厚く、木管は透明感がある。金管の高音域は安定し、打楽器は鋭い。音圧が押し寄せ迫力満点、さすが第一級のオケである。
 伊福部の「SF交響ファンタジー」は「第3番」まである。ご存じ『ゴジラ』をはじめとする怪獣物や『宇宙大戦争』のテーマ等々を組曲にしたもの。実演では汐澤安彦や大植英次、山田和樹などを聴いて来たけど、汐澤が圧倒的で他を寄せ付けない。音盤では汐澤×東響のライブ録音や広上×日フィルのスタジオ録音などがあるものの、こればかりは生で比較しなければ公平ではない。
 で、今日ようやく広上を聴いた。結果は…N響という最高のオケを用いて完璧な演奏ではあったが、練達の広上でもやはり師匠には敵わない。「SF交響ファンタジー」は生も録音も汐澤の独壇場である。

 モーツァルトの「ピアノ協奏曲第21番」はスウェーデン映画『みじかくも美しく燃え』で第2楽章が使われた。ソリストは先日のショパンコンクールに挑戦した小林海都、プログラムノートによるとピリスの弟子だという。小林のタッチはそれほど深くなく、軽やかで玉がコロコロと転がるように音が走っていく。と言って音量に不足はなく、明瞭できっちりとした音が届く。広上×N響は爽やかな伴奏をつけ、なかなかに素敵なモーツァルトだった。

 休憩後のラヴェル「ボレロ」とファリャ「三角帽子」は9月に大野×都響で聴いたばかり。もっとも演奏順序は逆なうえ、都響の「三角帽子」は「第2番」の組曲だけ。N響は「第1番」と「第2番」の両組曲を演奏してくれた。
 広上の管弦楽の制御は頭抜けている。ラヴェルにせよファリャにせよ各ソロに負担のかかる曲だが、決して無理強いをしない。奏者は知らぬ間に指揮者の思い通りにコントロールされ、気がつくと手のひらの上で踊らされている。広上の音楽は伸縮し飛び跳ねうねるけど則を超えることはない。だから、奏者も安心してその指揮に委ねることができるのだろう。大野×都響との対決は広上×N響の圧勝であった。