三浦哲郎展――星をかたりて、たれをもうらまず――2021年07月10日 18:22



 かりに「戦後の小説家のなかで誰か1人だけあげてください」といった、とんでもない質問をされたら、候補者の筆頭として三浦哲郎が頭に浮かぶことは間違いない。
 と言っても、決して優良な読者ではない。第一、読んだのが出世作の『忍ぶ川』、短編では『真夜中のサーカス』『拳銃と十五の短編』『木馬の騎手』、長編では『少年讃歌』『白夜を旅する人々』程度で、TV化された『繭子ひとり』や『ユタと不思議な仲間たち』でさえ知らない。
 しかし、芥川賞作品と長編及び短編の代表作といわれる『白夜を旅する人々』『拳銃と十五の短編』を読了していることで許してもらうことにする。ともかく比類ない文章の達人であり、最後の文士と呼んでもいい。
 文章の名手とはいっても、何作も続けて読むのはなかなか辛いところがある。同じ青森出身の太宰のように自虐的で破滅的なところは見せないが、6人兄弟のうち4人の兄姉が失踪したり自裁するという星の下に生まれている。鎮魂歌として、あるいは死者に成り代わって言葉を紡いできた人だろう。イタコのような役割を自分に課してきたのかも知れない。
 私小説の伝統を踏まえてはいても、ユーモアもあり陰鬱な感じは受けず、どこか明るく愛しく救われるところがある。読み手としては、そのことが余計心の深いところを刺激して、稀にしか本を手に取ってこなかった、と言い訳をしておこう。

 その三浦哲郎の生誕90年の企画展が、港の見える丘公園にある神奈川近代文学館で開催されている。副題の“星をかたりて、たれをもうらまず”は、同人誌掲載の処女作『誕生記』につけられたもの。
 大学の恩師小沼丹や生涯の師井伏鱒二、川端康成からの書簡、新潮社の編集者からの励ましの手紙など多数が展示されている。もちろん自筆原稿の柔らかくしなやかな筆跡も見応えがある。
 企画展は18日まで。

コメント

トラックバック